路傍のカナリア

2016/07/13
路傍のカナリア22

EU波乱 国の命運を国民に託すのは愚かであるという教訓 
政治のリーダーとはなんぞや

イギリスのEU離脱という予想外の結果、いやはやなんともはた迷惑な話で、一瞬にして世界の株式総額の250兆円がすっ飛んだとか。国民投票も結構だけれども現在はグローバルエコノミー全盛の時代なんだから、純国内的なテーマでやってほしいよね。
民主的な国家であれば大概国の主権は国民にあるわけだから、国の命運を左右するような問題に関して国民投票にかけるというのは一応の理屈ではあるんだけれどね。その結果として国民が塗炭の苦しみを味わいその先100年も200年も他国に支配されたり流浪の民として生きざるを得なくなってもいいかというとそれは違うだろうと思いますね。国民投票を住民投票の延長のノリでやられたら堪りません。
国民投票がそれなりの意義と価値と内外に向けての説得力を持つためには、やはり民度の成熟と問題理解度の進捗と議論の煮詰め方というのが大切でしょう。それでも国民投票というのは限界があるんです。卑近な例になりますが、我が家の主婦は政治の理解度が極めて低い。自民党(名前は知っている) 公明党(なにを主張しているか知らない)共産党(よくわからないが名前だけ知っている)-ほかの政党は全然知らない。だから選挙の時はここに入れてくれと私が頼むとその通りになる。「なんでお前の一票と俺の一票は同じなんだ」とその形式的平等に腹が立つが、国民投票もその内実は似たようなものだろう。今回のイギリスのEU離脱にしても、国民にそのまんま委ねちゃっていいのかね。ここに政治家のリーダーたる者の信念の役割があるでしょう。デマや一時の雰囲気に左右されがちな国民にたいして断固たる信念にもとづいた道筋を示せなければリーダーとはいえない。キャメロンは馬鹿だね。政治権力者としての役割を放棄しちゃった。それでも投票結果に「私は後悔していない」なんてコメントだしやがって。EU残留派の頭目として首相の座にあるわけだから、何が何でも勝たなくちゃだめさ。だってそれだけの政治的信念があるのでしょう。EU残留こそイギリスに豊かな未来を約束するはずだと確信しているなら、敵は100万人なれども我ゆかんこそがあんたの立ち位置でしょう。離脱派と残留派が拮抗しているなら、リーダーはどうするか。わたしならどんな汚い手を使っても離脱派の頭目連中を追い落としますね。
マネートラップ、ハニートラップ、スキャンダルねつ造、買収、なんでもありで、まあ交通事故風殺人まではともかくも。(北方の大国は暗殺ふくめ常態化してますけど)世論が8対2か7対3ぐらいに自分に有利にかたむいてはじめて国民投票をやるべきで丁半ばくちじゃあるまいし、5分5分でどっちに転ぶかわからないけどやってみようというのは無責任の極み。たとえば自分のたくらみが白日の下にさらされ国民から罵声を浴びようと家族ともども国内から永久追放の憂き目をみようと、極貧の中で朽ち果てようと自己の信念にブレが無ければ、その汚名こそが政治家の勲章なんでそういう覚悟がないなら政治家なんてやるなって。わが日本でも「畳の上で死ねないもの」という腹をくくった政治家になかなか出会わないが、政治と死はいつも表裏のもので、政治家になるということは他者の死と自らの死を握りしめることだ。それが権力の怖さでもある。
有産者階級の小心者が権力者になると碌なことはない。世界はまだまだ動揺している。       貧骨
2016/06/14
路傍のカナリア21

貧者の政党を立ち上げよ
この国の今を憂いて

資本主義の総本家ともいうべきアメリカの大統領指名選挙で、サンダースのおじさんが健闘している。社会民主主義者を自称しながら、彼が多くの支持を得ているのは、さすがに弱肉強食、格差社会に慣れている人々も、今のアメリカの競争原理に根を上げ始めている証左でしょう。小さな政府と規制を極力撤廃した市場万能主義の行き着くところは、普通の人々にも過酷ということが実感されているということです。アダムスミスがとなえた「神の手」にゆだねれば万事がうまくいくという論理を現代風に味付けしたところで、人間はモノではなくまさに人間であって、過半の人達が人間らしく生きられなければ、理論的にはどんなに効率的な社会でも反旗がひるがえるというのが現実です。そういえばクリントンおばさんにしてもTPP反対を唱えてましたっけ。
翻ってわが日本。本家アメリカと同じ経済学の考え方で経済政策を運営しているわけですから格差はどんどん広がっています。でもブレーキが効かない。世界第2位の経済大国に上り詰めた以上はそう身勝手にわが道を進むわけにもいかず、世界の潮流のなかに取り込まれて構造改革路線のもと、どんどんと規制緩和の道を突っ走ってきて、いまなおアベノミクスの一大方針でもあります。本家の顔色を窺っている一面もあるでしょう。でもこのままじゃほんとに日本の社会は壊れてしまうんじゃないだろうか。派遣労働者がいかほどか、実質賃金がいかほどか、正規と非正規の待遇差はいかほどか、数字をあげても、都合よく加工された反証の数字がでてきて真実は曖昧になってしまうのだが、社会に格差が大きく広がっていることは紛れもない事実。極端な金持ちがいない代わりに分厚い中間層が存在しているのがちょっと前までの我が国で、それは焼け跡から築き上げた世界に誇るべきフラットな社会だったのに。社会全体にゆとりと安定をもたらしていたその根本が無限競争の嵐の中で崩れていってますね。子供の虐待や貧困、シングルマザーの困窮、ブラックバイト、大学生の借金、ネットカフェ難民、だれもが寄り添うはずの家庭のなかの暴力や崩壊、児童買春、一つ一つの事例にはそれなりの事情があるにせよトータルで俯瞰してみればそこに規制緩和の影が見え隠れしています。戦後の昭和を生きてきた者には理解しがたい時代です。多くの人が生きづらさを感じているはずです。
ここは政治の出番。政治家の勘所なのに、付け足しではなく正面から格差の問題をとりあげている政党が無い。政治家さんの危機アンテナは安全保障に流れているけど社会自体の崩壊はもうそこまできている。体制選択のイデオロギーのしっぽの付いていない貧者の政党を誰か立ち上げませんか。ネットで保育園のブログが注目を浴びると、すぐに我も我もと反応してしまう既成政党の大衆迎合にはうんざりします。格差の進行はいずれ深刻な社会問題を引き起こすに違いないのに(今でもそうだけど)。
多くの議席は望めなくても国政の隅に議席があれば、格差問題に焦点があたる。政権政党も一目はおくであろう。貧者のための一灯をだれかともしませんか。         貧骨

2016/05/16
路傍のカナリア 20

素人風アベノミクス診断
マイナス金利は天下の悪法か

だらだらとだらだらだら下り坂、アベノミクスの現状というのはこんな感じですね。ぱっとしない。黒田さんが必死になって一本足打法で頑張っているけど、その先がない。
多分ですが、円安が輸出産業に有利に働き利益がでて、雇用の拡大と賃金の上昇をもたらす。そのことが内需拡大をもたらして、景気が回復するというシナリオを想定していたんでしょうが、当初はうまくいきそうだったのに失速してきてしまった。金融緩和だけではそりゃ無理だよと言っていた黒田さんも、財政出動や規制緩和の援護射撃ないままに、どんどんとサプライズに踏み込んでついにマイナス金利にまで手をつけてしまった。このマイナス金利なるものは、銀行に何が何でも資金を企業に貸し付けろという脅しのような手法だから、
金融機関にはもちろん評判がよくない。でもそれ以上に問題なのは、庶民の静かなる怒りじゃなかろうか。金融技術的にはこのマイナス金利にはそれなりのメリットはあるかもしれない。そりゃプロ筋の話。いまが住宅ローンの借り時、借り換え時かもしれない。
でもね、庶民の貯金というお宝に今までだってなけなしの金利しかつかないのに我慢していたっていうのに、ぎょ、こんどは金利をとられるって話じゃ、そりゃますます節約するよ。一円だって地べた掘ったって出てこないよ、黒田さん。額に汗して初めて得るお宝なんだからね。
もちろんいささかの誤解はあるでしょうが、庶民は感でわかるね、こりゃ絶対俺たちにプラスにならない、官僚のだましテクニックの類、用心、用心、ふところ用心。
この2〜3カ月の消費の落ち込みは、このマイナス金利の影響が大きいと思いますね。でも日本経済というのは個人消費こそGDPの7割を占めているんだから、こりゃ天下の悪法といっても過言じゃなかろうか。モノ余りでさほど欲しいものはない、年金生活者はどんどん増える、消費は弱くなるばかり、そこに机上で考え出したとどめのマイナス金利。
それにしても安倍総理、いったい看板のひとつである規制緩和による経済の活性化はどうなっているのでしょうか。(まあ個人的には規制緩和は競争が激しくなるばかりでさほどの効果があるか疑問ですがね。) チビチビとはあるんでしょうが、経済成長にドンと寄与するようなものは見当たりません。そんな風に延ばし延ばしにしているうちにますます、景気の停滞感は強まっていくのではありませんか。
消費税の更なるアップも、やるならさっさと、やらないなら無期限延期の棚上げでお願いしまっせ。頭を押さえられているがごとき、生殺しの状態が一番よくない。10%にしてしまえば打ち止め感が出て、それなりに覚悟が決まるもんです 庶民は。そのあとで地域振興券でもなんでも消費刺激策を当面打っていけば、景気の底割れは防げると思いますけどね。
アベノミクスが色あせてきているけれど、はて代案というのが見えてこない。野党のみなさん、ともかく批判はいいから、景気回復の具体的、超具体的な処方箋をぜひ書いてください。安保よりも明日の飯のタネでっせ。  貧骨
2016/05/16
路傍のカナリア 19

テロの悲劇と空爆の悲劇
我々は立ち尽くすしかないのか

ベルギーブルッセルのように、西側諸国のどこかでテロが起きると瞬く間にその事件は報道され、洪水のように大量の情報が我々を押し流していきます。まずは臨時ニュースが、次に定時のニュースが、それから夜の報道番組が、事件の概要や被害者の数や犯人像について次々と伝えますが、その事実関係を知るだけで、我々はもうその悲劇性を十分理解してしまいます。日本とベルギーはずいぶんと離れていますが、テレビをみるかぎり国内で起きているがごとき臨場感に圧倒され、また犠牲になった人たちにも同情心がわきあがってきます。
と同時にその事件の背景が複雑であることは理性では分かっていながら、自然と「善と悪」の構図、民主主義が機能し言論の自由を認める西側諸国の善、無辜の市民を無差別に殺戮するテロリストとその黒幕たるIS(イスラム国)の悪という構図で受け止めてしまいがちです。メディアの論評もテロは許されるべきではないという姿勢で一貫しています。大量の情報が我々を押し流すと書いたのは、まさに事件の報道の在り様そのものが、客観性を保っているように見えながらいやそれ故に、価値軸そのものを伝えているのではないかという疑問です。
テロの悲劇があればシリア、ISへの空爆の悲劇もあるはずです。そこにおいては無辜の民間人の巻き添え死はないでしょうか。まさか空爆が軍人のみを殺傷しているとは思えません。現場からの生中継がありませんから、我々はそこを自らの想像力で埋めるしかありませんが、民間人10人が死んだ20人が死んだ、子供もいれば妊婦もいる、泣き崩れる遺族、その頭上になおも落ちてくる爆弾、そのような生々しい映像が、テロと同じように我々に伝わっていないという事実については、理解しておかねばならないでしょう。たしかパキスタンだと記憶していますが、米軍による学校への誤爆で多数の犠牲者が出た記事を読んだことがありますが、小さな扱いでした。なぜ大手のメディアはブリュッセルのテロ事件と同じだけの人とエネルギーをつぎ込んでこの種の問題を報じないのでしょうか。報道の偏りがあることは歴然としています。
ISはテロを空爆への報復といいます。また「十字軍連合」ともいいます。いったい報復合戦の最初の非はどちらにあるのか まったくわかりません。「十字軍」という呼称も、このテロが宗教戦争の意味あいなのか、それはあの11世紀末の第一回の十字軍遠征でのイスラム教徒を含む異教徒への大虐殺の記憶なのか ISからみた「テロ」の位置づけが不分明です。欧州において、ISにおいて、中東において、アフガンパキスタンにおいて非戦闘員が殺されていくという現実の横軸に、歴史的時間を縦軸として「事件」を理解するとき、「善」と「悪」というシンプルな構図は相対化されその先の地平に見るのは、勝利したものが正義であるという歴史の鉄則です。そしてわれわれはただこの前にただ立ち尽くすしかないとすれば、なんと無力なことでしょうか。           貧骨
2016/05/16
路傍のカナリア 18

この国の行く末
「39」が象徴する右傾化への不安

「39」というのは戦後の衆議院選挙で日本共産党が獲得した議席数の最大の数字です。1979年10月、大平内閣の下での選挙です。また日本がまだ戦後の混乱の影があった1960年以前では1949年1月の総選挙で獲得した35議席が最大です。衆議院の総議席数が500強ですから、数からみれば国政を左右するほどの力は共産党にはなかったと言ってもいいと思います。もちろん数字の背景には、レッドパージ、党内部の派閥抗争、東西冷戦の終結、少数野党に不利な選挙制度の改変、等々がありますが、それを差し引いても確実に言えることは主権者である日本の国民は、あれほどの軍国主義を経験しながらも数字ほどしか左傾化しなかったという厳然たる事実です。左翼と言われる人達の激しい運動はいくつもありました。三井三池の労働争議、60年、70年の安保闘争、美濃部都政の誕生など。けれども報道される騒乱とは別に、国政の軸はほとんどぶれていません。自民党左派と言われる政治勢力こそ国民の選択した基準値といってもまちがいではないでしょう。そこにこの国の「左」への振幅の壁を見ることができますが、では「右」へはどの程度傾斜していくでしょうか。これが分からないのです。「左」の大衆運動のように、試されたことが戦後無いからです。「右翼」は問題外という雰囲気でしたが、ここにきて少し流れがかわってきています。
安倍内閣が、昨夏憲法解釈を変更し集団的自衛権の部分的な行使を可能にするように踏み込みましたが、国民はさほどの動揺もなく受け入れたと思えます。この「右」へ踏み出した一歩が二歩、三歩となったとき、はたして国民は「護憲的」軸に踏みとどまるでしょうか
現在では書店でのいささか偏りのあるフェアなども、指摘があるとすぐ取りやめたり軌道修正をしていますし、公民館での集会なども使用許可が下りなかったりしています。また政府によるテレビメディアへの介入ともみられる要人発言もあります。そういう言論や出版、集会への自主規制的な委縮と権力的な圧迫はすでに始まっていますが、だからといって世論に湧き立つような反対はありません。むしろ淡々と受け入れているようにも見えます。もしもこのタイミングで西洋並みのテロがたとえば東京のど真ん中でおきたり、寝耳に水の離島占拠が他国によって引き起こされたりした時、ナショナリズムの熱狂がこの国を覆わないでしょうか。その時日本国民はどの程度まで「右」に振れていくのでしょう。一足飛びに軍国主義とか徴兵制の復活というのは暴論だとしても、治安維持のための特別警察機関の創設、戦前の憲兵、特高の新しい形態での復活程度は視野に入るかもしれません。
政府首脳の思惑や自制を越えて、戦前の轍を踏むように奔流のごとき勢いで「右」が復権したとき、それがどこでとどまるのかそれが今はみえませんが、国民の振幅についてのクリアーな問題意識を持ち続けないと、いや要するに醒めていないと、「踊るあほう」になって結局は大いなる悲劇におちていくのではなかろうかと、私は心配しております。なぜなら誰だって踊っているほうがその時限りでいえば楽しいに違いないからです。      貧骨
2016/05/16
路傍のカナリア 17

この国の行く末 
「ゆりかごの時間」の喪失

すこし前まで主婦というのは大概家にいたものです。外出して留守にすることはあっても「働く」ための不在というのは少数派で、「三食昼寝付き」「亭主元気で留守がいい」の類のフレーズもその傾向を反映したものでした。パートさんを募集すると40才上の応募が多かったのも子育てが一応終わったからという動機によるものであったし、給料の使い道にしても家計の一助よりも自己消費のウエイトが高かったと記憶しています。
要するに家族という単位のなかで主婦というのは金銭的にも時間的にもゆとりがあったし子供の眼からみると、母親との密度のある時間が物心つくまで持続したということになります。かりにそれを「ゆりかごの時間」と呼ぶとすればこの時間は子どもの精神的な成長にとってとても貴重なものだと私には思えます。母親がただ家庭にいるというのではなく、その母親自身に物心両面で余力があったということが肝心なところで、その余力が子供の精神的な振幅を吸収していたのだと思います。人とのコミュニケーション能力、弱者、病む者へのいたわりと共感、美しいものを美しいと感じることが出来る感性、それらはこのゆりかごの時間の中で精神の深いところに根を下ろすように育まれるものではないでしょうか。
でも今子供をもつ母親の家族の中での立ち位置は大きく変わっています。日本がグローバルな大競争時代に組み込まれたことが大きな転機だったかもしれませんが、働いている人の家計はすこしずつ、すこしずつ貧しくなり、人並みの生活を維持していくにはとても大変になってきてその流れは今も進行中です。そのためかお父さんも働きお母さんも働きそれでも貧困から抜け出せない家族が増えてきています。社会のなかで中間層が減少し数の上では圧倒的に下流層が増加しています。このような時代の趨勢の中では母親が心のゆとりを持ちにくいのもしごく当たり前の話ですが、それはひるがえって子供たちもきついところを生きざるをえないことを意味しています。虐待や、育児放棄の被害を受けた彼ら達がそのトラウマをどう癒していくのか、社会的事件を見るたびに考えさせられます。
母親の不在は貧困層ばかりにあるわけではありません。男女雇用均等法の影響もあるのでしょうが男女間の平等意識が顕著になり、男性が育休を取る時代です。あるいは出産後3カ月もたたずに職場に誰それが復帰したと報じられる時代です。その傾向は現在という時間の中で必然のように理解されていますが、「でも」と納得しない自分がいます。
「ゆりかごの時間の中で、母親というのはかけがえのない存在でそれは男親が、あるいは保育園の保母さんがとつてかわることができるのだろうか」
子供の面倒を見ることが出来る人ということでいえば、可能ならばロボットでもいいのでしょうが、子供の実存からみた母親の意味というものをあまりに軽く見ていないでしょうか。つまるところ人間とは何かという根本の問題になります。 子供による家庭内暴力の原因は幼少期に母親との関係性をうまく取れなかったことによるという論を読んだことがありますが、もしそのとおりならこの国の行く末はけっして明るいとは思えません。一億総活躍社会がもたらす闇がとても心配です。                 貧骨

2016/01/15
路傍のカナリア16

朝の散歩
出来れば裸で歩きたい

2016年が始まりましたが、5年ごとの区切りで考えると前の5年の最初が2011年で東日本大震災がありました。今年はどうかと思っている間もなく、株価の急落やら水爆騒動となかなか一筋縄ではいきそうにありませんが、せめて人知を超えるほどの天変地異が起きないことを祈るばかりです。

零細な小売業にとつて店主の身一つ、健康であることは何物にも代えがたいほどの大切な事案で経営の生命線の一つです。ゼニカネの類ももちろんのことではありますからまったくもって零細とはいくつもの生命線を抱えつつそれぞれが瀬戸際というところを日々年々凌いでいるということでしょう。ひと冬を越えられるかどうかわからないからコオロギ経営、大会社には目に入らないから微生物経営と自嘲しております。
そんなわけで健康には留意しているのですが、そのひとつが朝の散歩です。まずは我が家のワンちゃんの付添い散歩が20分、そのあと自分一人の散歩がやはり20分程度で朝食をおいしく食べれるほどの運動にはなります。真夏、真冬、晴雨降雪嵐関係なく実践しているのですがいつも思っていることは、自分一人の散歩の時は本当は裸で歩きたいということです。実際に素っ裸で歩いている人を見ることはありません。真冬に上半身裸で歩いている人も見かけませんし私もやりません。せいぜい素足で裸眼程度ですが、そうしたい気持ちは常にあります。全裸で歩くというのは猥褻の視点からのみ好奇的に語られがちです。実際に行ったら変質者の類でしょうね、おそらく。が肉体の衣服からの解放、肉体の自然との直接的な交流という切り口からみると身体論の哲学に繋がるのではないかと考えています。一年を通して散歩の際に裸で歩いたら肉体はどんな反応を示すのかとても興味のあるところです。
もともと朝の散歩を始めたきっかけは自分の体を一日一回は野生に戻したいということでした。そのことは長い目で見て己の健康に寄与するであろうと思っていましたが、それだけではありません。我々人類の先祖ホモサピエンスが約18万年前アフリカに生まれ、その後出アフリカという世界各地への大遠征を遂行したその肉体の記憶を呼び覚ますと言えばいささか大袈裟ですが、そのDNAは我々の肉体に組み込まれているはずですから、その一端にわずかでも触れてみたいという問題意識が常にあります。それは雨や風や日光に肉体を直接あてることによってのみなし得ることではないかと思えます。雨の強い日は上から下までまるまるずぶぬれになりますがそのことで体調不良に陥ったことが無いのは、肉体の健康なるものが自然とのじかの交流に基づいているのではないかと推測しています。
日々の散歩は、自分の肉体との対話ですが、そこからすこしでも普遍的な思想がつむぎだせれば幸いです。それにしても歩くというシンプルな所作は、二足歩行、手の自由と道具の利用など人間なるものの本質と深くかかわっているはずです。「人は足から死んでいく」母親がよく話していましたが、含蓄のある言葉でとても印象に残っています。
貧骨 
2016/01/15
路傍のカナリア15

少数者の愉悦と悲哀
すべては疑わしいという刃

世の中に流布している通説とか常識というものはとても大きな力をもっていて、人々の頭の中を呪縛している。熱狂というものも呪縛の一つで、宗教的なものもあれば、国家的なイデオロギーもあるし、ただ単にメディアが煽るような正義感にもとづいた魔女狩りの類もある。だからそれらに異を唱えることは場合によっては、あのガリレオさんのごとくへたをすると火あぶりにでもされかねないことが起きる。世論に刃向うというのはまさに命がけなのだが、日々の身の回りのことでも似たようなことは経験する。
ママさんが「さあ食事ですよ、好き嫌いなくなんでも食べましょうね、栄養のバランスが大事、元気な体を作りましょう」なんて子供に諭しているときに、「なんでも好きなもの食えばいいんでさ、嫌いなものをいやいや食べたって食事なんて楽しくないよ、偏食したって影響なんかないって 栄養学にはそれなりの限界があるんでさ」と脇から口をはさめば多分皿の一枚二枚は飛んでくる。
すべてを疑えとはたしかデカルトさんの名言だが、何事によらず先入観をもたずに己の頭で考えていくと、たどり着く結論にさほどの差はなくとも、世の中のからくりというものはみえてくるものである。と同時に権威の嘘や肩書のいい加減さも分かってくる。報道、批評、解説、学説ひっくるめて情報なるものを鵜呑みにしないことは、時代に流されない唯一の自己防衛に他ならない。とりわけ国家官僚の流す情報ほど怪しげなものはない。
OO賞をもらった学者さんがその専門分野ならともかく、社会的な事象についてコメントしているのをテレビでみていると、素人芸はやめたほうがいいといつも思うし、ISのテロの犯行声明なるものも、アラビア語の正確な訳文なのかなとも思う。案外アラビア語の仏語訳のさらに英語訳を日本語になおして伝えているかもしれない。アラビア語の達者な人って日本にどれくらいいるんだろ。肩が痛くて整形外科へ行ったらレントゲンの画像からあれこれ診断してくれたが、目の前の患者の患部の触診もしないのだからヤブに違いない。医者はうたぐってかかるのが一番である。
分厚い常識の壁に自分だけの思索の空間をつくることは、隠れ家に住むがごとき楽しみはあるが、世間の尺度では奇人、変人の部類に振り分けられるから周囲は自然と距離を置く。会話は成立し、文章は流通するが、何事かが届いている感触はない。
それならとこちらも黙して語らずとなると、どんどんと人離れが進む。ガリレオさんの孤独と孤立と愉悦はいかばかりだったか、ぼんやりとだが触れてみた気がしている。

今年も一年が終わりつつある。誰かが一つ年をとりましたね。来年はおいくつになりますかと尋ねられたので、「わかりません。もともと自分が何歳なのかもわかりません。ただ食欲と性欲が確かにある自分自身を常に見出しているだけです」と答えておいた。
Cosmoloop.22k@nifty.com
2016/01/15
路傍のカナリア14

続 夏目漱石「門」雑感
人の世の必然と普遍

駆け落ちをして東京の片隅に宗助と御米は隠れ住むように暮らしています。この夫婦には子どもがいません。御米は三度身ごもりましたが、その都度なにがしかの不運に見まわれます。
初めての子は流産。二度目の子は「至極順当に行ったが、どうした訳か、これという原因もないのに、」月足らずで生まれてしまい育たず、三度目の「胎児は出る間際まで健康であったのである。」けれども臍帯が首に巻き付いてそれも二重に巻き付いていたので「小児はぐっと気管を絞められて窒息してしまったのである。」
なぜ漱石はこの夫婦にこのような悲劇をもたらすように書いたのでしょうか。たとえば三度目の正直という諺もあるように、三度目の妊娠でようやく子を授かったという展開も作者の裁量で可能であるはずです。しかしまるで念を押すがごとく小児の首にへその緒が二重にも巻き付く、まれな事故が起きた筋立てにしています。いまでいう不倫はけっして許されるべきものではない。この夫婦に人並みの幸せな人生はあってはならない、そういう漱石の倫理観が根底にあるかもしれません。
御米の前夫安井は、その後半途で退学し、郷里へ帰り、病を患い、満州へと流れていきます。それは安井本人にとつて狂わされた人生に違いありません。その安井の不幸と釣り合うだけの不幸を漱石は御米と宗助に課したと理解することはできます。
御米は悩みます。思い余って辻占いに頼ります。「易者の前に座って、自分が将来子を生むべき、また子を育てるべき運命を天から与えられるだろうか」を確かめるために。漱石は一切の希望を打ち砕くように書きます。「易者は、 貴方には子供は出来ません、と落ち着き払って宣告した。御米は 何故でしょうと聞き返した。彼はすぐ、貴方は人に対して済まない事をした覚えがある。その罪が祟っているから、子供は決して育たないと言い切った。御米はこの一言に心臓を射抜かれる思があった。」

小説「門」のポイントになっている部分ですが、でもと私(貧骨)は思うんです。占い師はそこまで言いますかね。たぶん言いません。だからこの易者は作者そのものといっていいでしょう。 そのうえで 漱石先生ちょつと書き過ぎじゃありませんかね。宗助と御米の行状をその「罪と罰」という視点に絞り込めば、こういう成り行きになるかもしれませんが、人がこの世を生きるという普遍の立場にたつと、あまりにも窮屈です。
自分を振り返っても他人の生を遠くから眺めても、良くて九勝六敗、悪くても六勝九敗ぐらいに大体は納まってます。夫婦に子が出来ないと宣せられても、ひょんなことからできてしまうかもしれない。あるいは最後まで子に恵まれなくなったって、その不運に見あう幸運がまわってくるのがこの世の常だと思いますが。あの満州を彷徨している安井にしても、案外違う人生に生きがいを感じているかもしれない。絶対的な困難や不運にぶつかったとき、そこをくぐっていくのは、全体を俯瞰して一切を相対化するしかありません。
宗助は御米にもう占いなんかに行くんじゃないよといいます。それではいつまでも易者の宣託にとらわれてしまう。そうじゃないよ宗助さん。じゃ別の占いに行ってみたらどうだ、違う話が聞けるだろうっていわなきゃ。それでいくらか救われる。
いまでも「門」は好きな作品です。それゆえに何度も考えを巡らしてきましたが、すこしづつこの作品との距離をとれるようになりました。人が生きるということを全体でとらえられるようになったからかもしれません。としたらそれはたぶん年のせいでしょうね。           Cosmoloop.22k@nifty.com                       貧骨
2015/10/14
路傍のカナリア 13

夏目漱石「門」雑感
愛という狂気のなかの女と男

今朝日新聞に漱石の「門」が再連載されています。友人の伴侶である御米と宗助は駆け落ちをして、東京の片隅でひっそりと暮らしています。その二人の日常の小さな波乱と収束を描いた作品ですが、わたしはとても気に入っています。まだ独り身だったころ、もしもこの夫婦のように仲睦まじく暮らせたらどんなにかよかろうかと憧れたものですが、いまあらためて読み直してみると考えさせられる箇所もいくつかみえてきました。
明治末の当時の倫理観からみれば許されざることで御米と宗助の二人は「親を棄てた。親類を棄てた。友達を棄てた。……..もしくはそれらから棄てられた。」そうして「夫婦は世の中の日の目を見ないものが、寒さに堪えかねて、抱き合って暖を取るような具合に、御互同志を頼りとして暮らしていた。苦しい時には、御米は何時でも、宗助に、でも仕方ないわといった。宗助は御米に、まあ我慢するさといった。二人の間には諦めとか、忍耐とかいうものがたえず動いていたが、未来とか希望というものの影は殆んど射さないように見えた」。その封じ込められたような生活の中でも御米はとても魅力的に映ります。
生活苦というものはいつの時代でも家庭を揺さぶるものですが、御米はそのことで宗助といさかうことはありません。三間しかない借家住まいで一間を下女の清が使い、そこへある事情から宗助の弟の小六が引っ越してきて一間を使うことになり、夫婦が一間で暮らすというずいぶんと気詰まりな日々へと変わっていく場面がありますが、御米は愚痴をこぼすわけでもなく夫を叱咤するわけでもなくすべてを淡々と受け入れていきます。この御米の静かさは「門」という作品を通じて変わることはありません。いまの境遇に耐え、
いずれは日の目を見ようという上昇志向の意思ではなく、諦念の深い闇の中に身を沈めてそれでよしとする諦め切った者のすがすがしさが感じられます。御米を支えているのはただ宗助への愛であることが自然と読む側に伝わってきます。人を愛するということの「純粋さ」というのはこんなふうな形になるのかもしれません。それゆえにといいますか、御米は読者からみるととても愛おしい女性です。
一方の宗助はどうでしょうか。彼が学生時代であった頃のはつらつとしたものはありません。神経が病んでいるかのように何事にも消極的です。弟小六の学費の工面に窮しているにもかかわらず、亡父の遺産をめぐる叔母との交渉も延ばし延ばしにしてしまいます。御米とは別の精神の位置で彼も人生を諦めているように思えます。でもなぜでしょうか。愛する女性を得て心身共に充実し世間の反目などものともせず、仕事に打ち込むというようになりません。「社会から棄てられた」にせよ、無職ではなく役所勤めをしているわけですら、世の中とつながっていることは一つの現実的な希望でもあるはずです。その不可解なところに作者漱石の作意を読み取るべきかもしれません。御米と一緒になった瞬間に、彼は「愛」だけでは生きていけない男の孤独に気付いたのでしょうか。「彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった」と漱石は書いていますが、その解釈がいまひとつわかりません。そういえば現代版「門」ともいうべき渡辺淳一の「失楽園」でも主人公は心中をしてしまいます。でもそうせざるを得ない必然はなかったように記憶しています。
月並みな言い回しですが、愛という狂気の世界では、女性は業の火によって焼かれながらも生きていくことができるが、男は気力も精力も奪われてただのたうちまわるだけなのかもしれません。
貧骨
Cosmoloop.22k@nifty.com
< 1 2 3 4 5 >

- W&J WEBSITE -