路傍のカナリア

2016/05/16
路傍のカナリア 17

この国の行く末 
「ゆりかごの時間」の喪失

すこし前まで主婦というのは大概家にいたものです。外出して留守にすることはあっても「働く」ための不在というのは少数派で、「三食昼寝付き」「亭主元気で留守がいい」の類のフレーズもその傾向を反映したものでした。パートさんを募集すると40才上の応募が多かったのも子育てが一応終わったからという動機によるものであったし、給料の使い道にしても家計の一助よりも自己消費のウエイトが高かったと記憶しています。
要するに家族という単位のなかで主婦というのは金銭的にも時間的にもゆとりがあったし子供の眼からみると、母親との密度のある時間が物心つくまで持続したということになります。かりにそれを「ゆりかごの時間」と呼ぶとすればこの時間は子どもの精神的な成長にとってとても貴重なものだと私には思えます。母親がただ家庭にいるというのではなく、その母親自身に物心両面で余力があったということが肝心なところで、その余力が子供の精神的な振幅を吸収していたのだと思います。人とのコミュニケーション能力、弱者、病む者へのいたわりと共感、美しいものを美しいと感じることが出来る感性、それらはこのゆりかごの時間の中で精神の深いところに根を下ろすように育まれるものではないでしょうか。
でも今子供をもつ母親の家族の中での立ち位置は大きく変わっています。日本がグローバルな大競争時代に組み込まれたことが大きな転機だったかもしれませんが、働いている人の家計はすこしずつ、すこしずつ貧しくなり、人並みの生活を維持していくにはとても大変になってきてその流れは今も進行中です。そのためかお父さんも働きお母さんも働きそれでも貧困から抜け出せない家族が増えてきています。社会のなかで中間層が減少し数の上では圧倒的に下流層が増加しています。このような時代の趨勢の中では母親が心のゆとりを持ちにくいのもしごく当たり前の話ですが、それはひるがえって子供たちもきついところを生きざるをえないことを意味しています。虐待や、育児放棄の被害を受けた彼ら達がそのトラウマをどう癒していくのか、社会的事件を見るたびに考えさせられます。
母親の不在は貧困層ばかりにあるわけではありません。男女雇用均等法の影響もあるのでしょうが男女間の平等意識が顕著になり、男性が育休を取る時代です。あるいは出産後3カ月もたたずに職場に誰それが復帰したと報じられる時代です。その傾向は現在という時間の中で必然のように理解されていますが、「でも」と納得しない自分がいます。
「ゆりかごの時間の中で、母親というのはかけがえのない存在でそれは男親が、あるいは保育園の保母さんがとつてかわることができるのだろうか」
子供の面倒を見ることが出来る人ということでいえば、可能ならばロボットでもいいのでしょうが、子供の実存からみた母親の意味というものをあまりに軽く見ていないでしょうか。つまるところ人間とは何かという根本の問題になります。 子供による家庭内暴力の原因は幼少期に母親との関係性をうまく取れなかったことによるという論を読んだことがありますが、もしそのとおりならこの国の行く末はけっして明るいとは思えません。一億総活躍社会がもたらす闇がとても心配です。                 貧骨

2016/01/15
路傍のカナリア16

朝の散歩
出来れば裸で歩きたい

2016年が始まりましたが、5年ごとの区切りで考えると前の5年の最初が2011年で東日本大震災がありました。今年はどうかと思っている間もなく、株価の急落やら水爆騒動となかなか一筋縄ではいきそうにありませんが、せめて人知を超えるほどの天変地異が起きないことを祈るばかりです。

零細な小売業にとつて店主の身一つ、健康であることは何物にも代えがたいほどの大切な事案で経営の生命線の一つです。ゼニカネの類ももちろんのことではありますからまったくもって零細とはいくつもの生命線を抱えつつそれぞれが瀬戸際というところを日々年々凌いでいるということでしょう。ひと冬を越えられるかどうかわからないからコオロギ経営、大会社には目に入らないから微生物経営と自嘲しております。
そんなわけで健康には留意しているのですが、そのひとつが朝の散歩です。まずは我が家のワンちゃんの付添い散歩が20分、そのあと自分一人の散歩がやはり20分程度で朝食をおいしく食べれるほどの運動にはなります。真夏、真冬、晴雨降雪嵐関係なく実践しているのですがいつも思っていることは、自分一人の散歩の時は本当は裸で歩きたいということです。実際に素っ裸で歩いている人を見ることはありません。真冬に上半身裸で歩いている人も見かけませんし私もやりません。せいぜい素足で裸眼程度ですが、そうしたい気持ちは常にあります。全裸で歩くというのは猥褻の視点からのみ好奇的に語られがちです。実際に行ったら変質者の類でしょうね、おそらく。が肉体の衣服からの解放、肉体の自然との直接的な交流という切り口からみると身体論の哲学に繋がるのではないかと考えています。一年を通して散歩の際に裸で歩いたら肉体はどんな反応を示すのかとても興味のあるところです。
もともと朝の散歩を始めたきっかけは自分の体を一日一回は野生に戻したいということでした。そのことは長い目で見て己の健康に寄与するであろうと思っていましたが、それだけではありません。我々人類の先祖ホモサピエンスが約18万年前アフリカに生まれ、その後出アフリカという世界各地への大遠征を遂行したその肉体の記憶を呼び覚ますと言えばいささか大袈裟ですが、そのDNAは我々の肉体に組み込まれているはずですから、その一端にわずかでも触れてみたいという問題意識が常にあります。それは雨や風や日光に肉体を直接あてることによってのみなし得ることではないかと思えます。雨の強い日は上から下までまるまるずぶぬれになりますがそのことで体調不良に陥ったことが無いのは、肉体の健康なるものが自然とのじかの交流に基づいているのではないかと推測しています。
日々の散歩は、自分の肉体との対話ですが、そこからすこしでも普遍的な思想がつむぎだせれば幸いです。それにしても歩くというシンプルな所作は、二足歩行、手の自由と道具の利用など人間なるものの本質と深くかかわっているはずです。「人は足から死んでいく」母親がよく話していましたが、含蓄のある言葉でとても印象に残っています。
貧骨 
2016/01/15
路傍のカナリア15

少数者の愉悦と悲哀
すべては疑わしいという刃

世の中に流布している通説とか常識というものはとても大きな力をもっていて、人々の頭の中を呪縛している。熱狂というものも呪縛の一つで、宗教的なものもあれば、国家的なイデオロギーもあるし、ただ単にメディアが煽るような正義感にもとづいた魔女狩りの類もある。だからそれらに異を唱えることは場合によっては、あのガリレオさんのごとくへたをすると火あぶりにでもされかねないことが起きる。世論に刃向うというのはまさに命がけなのだが、日々の身の回りのことでも似たようなことは経験する。
ママさんが「さあ食事ですよ、好き嫌いなくなんでも食べましょうね、栄養のバランスが大事、元気な体を作りましょう」なんて子供に諭しているときに、「なんでも好きなもの食えばいいんでさ、嫌いなものをいやいや食べたって食事なんて楽しくないよ、偏食したって影響なんかないって 栄養学にはそれなりの限界があるんでさ」と脇から口をはさめば多分皿の一枚二枚は飛んでくる。
すべてを疑えとはたしかデカルトさんの名言だが、何事によらず先入観をもたずに己の頭で考えていくと、たどり着く結論にさほどの差はなくとも、世の中のからくりというものはみえてくるものである。と同時に権威の嘘や肩書のいい加減さも分かってくる。報道、批評、解説、学説ひっくるめて情報なるものを鵜呑みにしないことは、時代に流されない唯一の自己防衛に他ならない。とりわけ国家官僚の流す情報ほど怪しげなものはない。
OO賞をもらった学者さんがその専門分野ならともかく、社会的な事象についてコメントしているのをテレビでみていると、素人芸はやめたほうがいいといつも思うし、ISのテロの犯行声明なるものも、アラビア語の正確な訳文なのかなとも思う。案外アラビア語の仏語訳のさらに英語訳を日本語になおして伝えているかもしれない。アラビア語の達者な人って日本にどれくらいいるんだろ。肩が痛くて整形外科へ行ったらレントゲンの画像からあれこれ診断してくれたが、目の前の患者の患部の触診もしないのだからヤブに違いない。医者はうたぐってかかるのが一番である。
分厚い常識の壁に自分だけの思索の空間をつくることは、隠れ家に住むがごとき楽しみはあるが、世間の尺度では奇人、変人の部類に振り分けられるから周囲は自然と距離を置く。会話は成立し、文章は流通するが、何事かが届いている感触はない。
それならとこちらも黙して語らずとなると、どんどんと人離れが進む。ガリレオさんの孤独と孤立と愉悦はいかばかりだったか、ぼんやりとだが触れてみた気がしている。

今年も一年が終わりつつある。誰かが一つ年をとりましたね。来年はおいくつになりますかと尋ねられたので、「わかりません。もともと自分が何歳なのかもわかりません。ただ食欲と性欲が確かにある自分自身を常に見出しているだけです」と答えておいた。
Cosmoloop.22k@nifty.com
2016/01/15
路傍のカナリア14

続 夏目漱石「門」雑感
人の世の必然と普遍

駆け落ちをして東京の片隅に宗助と御米は隠れ住むように暮らしています。この夫婦には子どもがいません。御米は三度身ごもりましたが、その都度なにがしかの不運に見まわれます。
初めての子は流産。二度目の子は「至極順当に行ったが、どうした訳か、これという原因もないのに、」月足らずで生まれてしまい育たず、三度目の「胎児は出る間際まで健康であったのである。」けれども臍帯が首に巻き付いてそれも二重に巻き付いていたので「小児はぐっと気管を絞められて窒息してしまったのである。」
なぜ漱石はこの夫婦にこのような悲劇をもたらすように書いたのでしょうか。たとえば三度目の正直という諺もあるように、三度目の妊娠でようやく子を授かったという展開も作者の裁量で可能であるはずです。しかしまるで念を押すがごとく小児の首にへその緒が二重にも巻き付く、まれな事故が起きた筋立てにしています。いまでいう不倫はけっして許されるべきものではない。この夫婦に人並みの幸せな人生はあってはならない、そういう漱石の倫理観が根底にあるかもしれません。
御米の前夫安井は、その後半途で退学し、郷里へ帰り、病を患い、満州へと流れていきます。それは安井本人にとつて狂わされた人生に違いありません。その安井の不幸と釣り合うだけの不幸を漱石は御米と宗助に課したと理解することはできます。
御米は悩みます。思い余って辻占いに頼ります。「易者の前に座って、自分が将来子を生むべき、また子を育てるべき運命を天から与えられるだろうか」を確かめるために。漱石は一切の希望を打ち砕くように書きます。「易者は、 貴方には子供は出来ません、と落ち着き払って宣告した。御米は 何故でしょうと聞き返した。彼はすぐ、貴方は人に対して済まない事をした覚えがある。その罪が祟っているから、子供は決して育たないと言い切った。御米はこの一言に心臓を射抜かれる思があった。」

小説「門」のポイントになっている部分ですが、でもと私(貧骨)は思うんです。占い師はそこまで言いますかね。たぶん言いません。だからこの易者は作者そのものといっていいでしょう。 そのうえで 漱石先生ちょつと書き過ぎじゃありませんかね。宗助と御米の行状をその「罪と罰」という視点に絞り込めば、こういう成り行きになるかもしれませんが、人がこの世を生きるという普遍の立場にたつと、あまりにも窮屈です。
自分を振り返っても他人の生を遠くから眺めても、良くて九勝六敗、悪くても六勝九敗ぐらいに大体は納まってます。夫婦に子が出来ないと宣せられても、ひょんなことからできてしまうかもしれない。あるいは最後まで子に恵まれなくなったって、その不運に見あう幸運がまわってくるのがこの世の常だと思いますが。あの満州を彷徨している安井にしても、案外違う人生に生きがいを感じているかもしれない。絶対的な困難や不運にぶつかったとき、そこをくぐっていくのは、全体を俯瞰して一切を相対化するしかありません。
宗助は御米にもう占いなんかに行くんじゃないよといいます。それではいつまでも易者の宣託にとらわれてしまう。そうじゃないよ宗助さん。じゃ別の占いに行ってみたらどうだ、違う話が聞けるだろうっていわなきゃ。それでいくらか救われる。
いまでも「門」は好きな作品です。それゆえに何度も考えを巡らしてきましたが、すこしづつこの作品との距離をとれるようになりました。人が生きるということを全体でとらえられるようになったからかもしれません。としたらそれはたぶん年のせいでしょうね。           Cosmoloop.22k@nifty.com                       貧骨
2015/10/14
路傍のカナリア 13

夏目漱石「門」雑感
愛という狂気のなかの女と男

今朝日新聞に漱石の「門」が再連載されています。友人の伴侶である御米と宗助は駆け落ちをして、東京の片隅でひっそりと暮らしています。その二人の日常の小さな波乱と収束を描いた作品ですが、わたしはとても気に入っています。まだ独り身だったころ、もしもこの夫婦のように仲睦まじく暮らせたらどんなにかよかろうかと憧れたものですが、いまあらためて読み直してみると考えさせられる箇所もいくつかみえてきました。
明治末の当時の倫理観からみれば許されざることで御米と宗助の二人は「親を棄てた。親類を棄てた。友達を棄てた。……..もしくはそれらから棄てられた。」そうして「夫婦は世の中の日の目を見ないものが、寒さに堪えかねて、抱き合って暖を取るような具合に、御互同志を頼りとして暮らしていた。苦しい時には、御米は何時でも、宗助に、でも仕方ないわといった。宗助は御米に、まあ我慢するさといった。二人の間には諦めとか、忍耐とかいうものがたえず動いていたが、未来とか希望というものの影は殆んど射さないように見えた」。その封じ込められたような生活の中でも御米はとても魅力的に映ります。
生活苦というものはいつの時代でも家庭を揺さぶるものですが、御米はそのことで宗助といさかうことはありません。三間しかない借家住まいで一間を下女の清が使い、そこへある事情から宗助の弟の小六が引っ越してきて一間を使うことになり、夫婦が一間で暮らすというずいぶんと気詰まりな日々へと変わっていく場面がありますが、御米は愚痴をこぼすわけでもなく夫を叱咤するわけでもなくすべてを淡々と受け入れていきます。この御米の静かさは「門」という作品を通じて変わることはありません。いまの境遇に耐え、
いずれは日の目を見ようという上昇志向の意思ではなく、諦念の深い闇の中に身を沈めてそれでよしとする諦め切った者のすがすがしさが感じられます。御米を支えているのはただ宗助への愛であることが自然と読む側に伝わってきます。人を愛するということの「純粋さ」というのはこんなふうな形になるのかもしれません。それゆえにといいますか、御米は読者からみるととても愛おしい女性です。
一方の宗助はどうでしょうか。彼が学生時代であった頃のはつらつとしたものはありません。神経が病んでいるかのように何事にも消極的です。弟小六の学費の工面に窮しているにもかかわらず、亡父の遺産をめぐる叔母との交渉も延ばし延ばしにしてしまいます。御米とは別の精神の位置で彼も人生を諦めているように思えます。でもなぜでしょうか。愛する女性を得て心身共に充実し世間の反目などものともせず、仕事に打ち込むというようになりません。「社会から棄てられた」にせよ、無職ではなく役所勤めをしているわけですら、世の中とつながっていることは一つの現実的な希望でもあるはずです。その不可解なところに作者漱石の作意を読み取るべきかもしれません。御米と一緒になった瞬間に、彼は「愛」だけでは生きていけない男の孤独に気付いたのでしょうか。「彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった」と漱石は書いていますが、その解釈がいまひとつわかりません。そういえば現代版「門」ともいうべき渡辺淳一の「失楽園」でも主人公は心中をしてしまいます。でもそうせざるを得ない必然はなかったように記憶しています。
月並みな言い回しですが、愛という狂気の世界では、女性は業の火によって焼かれながらも生きていくことができるが、男は気力も精力も奪われてただのたうちまわるだけなのかもしれません。
貧骨
Cosmoloop.22k@nifty.com
2015/09/24
路傍のカナリア12

五輪エンブレム問題 こりゃ公開リンチだよ      
良識派っていうのは脆弱なんですね

すごい光景ですね よってたかってとことん追い込んでいく 白昼堂々。何一つ決定的な証拠はないのに、まして本人が「模倣も盗作もしてません」って否定しているにもかかわらず。こんなことが民主主義の国家である日本で起きちゃうんですね。
当初は「模倣したかな」だったのに「模倣したかもしれない」「模倣したんじゃないか」「模倣しているんだろう」「模倣したに違いない」とエスカレートしてついにはあの仕事もこの仕事もパックたのだろうということで、パクリの常習犯に仕立てられちゃう。
「さらには作ったこともないデザインにまで、世に紹介されてしまう 自身の会社のメールアドレスがネット上で話題にされ、様々なオンラインアカウントに無断で登録され、毎日、誹謗中傷のメールが送られ」るって異様だよね。さっさと白状しちまいな 白状しないなら家族の写真もばらまいちゃうよって、で実際写真がネットにさらされたんだから、こりゃ公開リンチだよ。ねえ人権の尊重はありゃ建前の念仏かい。
日本という密室で一人の人間をみんなで取り調べているんですね。冤罪っていうのは、自白に頼りすぎたり、捜査員の思い込みからする過度の取り調べから生まれるっていうこの国捜査の反省はどこに行ったの.疑わしきは罰せずというのはごくごく常識だったしそういう認識でメディアも報道していたはずじゃなかったのかな。
ネットの社会の発言は匿名性ということもあつて暴走気味になるのはやむをえないけれども、そこから一歩引いて事態を冷静に伝えるのがメディアの在り様だろうに。
ネットの似てる似てる発言をマスメディアがどんどん垂れ流していく、と今度はさらにネットで非難中傷が拡大していってついに本人いわく「人間として耐えられない限界状況」にまで追い詰めるんですね。ひどい話です。いじめ問題には顔を出す評論家など盗作ときめつけるように「国家の恥」とまでののしるんですね。あんたどの面下げていじめを論ずるんだよ。きちんと証拠出してみろと思います。
普段良識派の顔をしてTVで発言している人たちって、こういう時こそ本領発揮でこの報道姿勢はおかしいっていうべきなのにそうじゃないんです。熱狂に乗っかっていくんです。がっかりします。この事態から想像するに戦前の軍国主義が過熱していくプロセスも同じじゃないですかね。進歩的な発言をする人達が政治権力によってねじ伏せられるんじゃなくって、自らの内部から時流に飲み込まれてどんどん大衆を煽っていく。良識派の知的脆弱性がよくわかる話です。だからこの騒動っていうのは今安保法制に反対している人たちもこの狂気がいつ別の形で自分たちに向けられるかもしれないと考えれば、他人事ではなくきちんと批判的な発言をしなくちゃいけないはずなんです。そうならないのは時代全体についての思想的目配りが足らないからでしょうね。
なぜこんなことが起きてしまうのか。「村八分」に象徴されるこの国の根底にある共同体的呪縛が今の世の中の閉塞感によって増幅されたものだと見ることができるかもしれませんがそれはまた別の機会にします。
貧骨
Cosmoloop.22k@nifty.com
2015/09/24
路傍のカナリア11

精神を病んだ者たちの居場所
政治が見据えておくべき日本の明日

最近気になった二つの事件に触れてみます。
7月はじめに奈良で女児がトイレから誘拐された事件がありました。女児は無事保護されて解決しておりますが、犯人は26歳の若者で職を転々としていて当時は無職でした。
この容疑者の人物像の一端をネットから引用してみます。
3年前まで介護職員として働いていた。職場の責任者は「注意されても頑張りますと言って仕事に一生懸命取り組んでいた」と振り返る。だが、「利用者がトイレに行く時間を忘れるなどミスを繰り返していた」とも語る。彼はなかなか仕事が覚えられず、注意されることもたびたびあった。次第に無断欠勤や遅刻を繰り返すようになり、わずか3カ月で退社した。
「一生懸命やっているのに、仕事や人付き合いがうまくできず、周囲に受け入れてもらえない」責任者は、この若者からこう聞かされたという。
もうひとつは朝日新聞デジタル版に載った「裁判員物語」の事件です。
裁判員に選ばれた主婦の目をとおして事件の感想、裁判員であることへの考えがつづられています。事件は40代の男性が万引きした包丁で、見知らぬ女性を背中から刺した という無差別殺人未遂事件です。被告は自らの犯行をマスコミにも予告していたそうです。
「裁判官物語」の筆者は被告の生育歴が気になったと語っています。男性は窃盗を繰り返し、少年院を出たり入ったりした過去があった。虐待を受けて育っており、両親はいま行方不明。情状証人はだれもいなかった。精神科にかかって薬ももらっていた。
社会への適応能力の低い人や劣悪な環境で育った人と犯罪を直ちに結ぶのはもちろん因果の飛躍です。ただ本人の努力だけでは乗り越えられない精神の壁を前にしたとき、この世のどこに彼らの居場所があるかと想像してみるとき、せいぜい街中を当てもなくさまようか、自宅に引きこもるかくらいしか私には思い当りません。二十歳を過ぎれば自己責任ですが、それまでに受けた精神の崩壊を見るとき、そう言い切っていいか疑問が生じます。犯罪を犯してしまった後の刑罰的償いが彼らの何を変えるのか、暗澹たる気持ちになります。ここに政治が果たすべき役割があるはずです。
輸出産業だけでなく、内需型の企業もいま激しい競争にさらされています。この国全体が競争の渦の中でもがいています。チームスタッフを組めば、足手まといの者は排除され続けます。疎外され、疎外され、役立たずの烙印だけが深く刻印されます。嫌な言い方かもしれませんが、身体障害の人は、他者からその障害が見える分、丁寧に扱われるでしょうけれど、精神に障害を負ったものは、怠け者と非難されやすいのが現実です。
厚労省が発表した最近の国民意識基礎調査において世帯の62.4%が「生活が苦しい」とこたえています。この数字からも子供受難につながる家族のゆらぎの予兆を読み取れます。
第一次安倍政権は敗者の再チャレンジを政策として掲げました。けれども敗者とは勝者になれる可能性を持った者たちへの救済です。でも政治がこれから見据えるものは、敗者にすらなれない弱者の居場所をどう構築するかだと思えます。それは社会の安定と安寧に欠かせない要石だともいえます。かれらは確実に底辺で増え続けているのですから。
貧骨
Cosmoloop.22k@nity.com
2015/07/16
路傍のカナリア10

戦争体験が護憲と結びつく日本の現実

この国の安全保障はどうあったらいいのかという議論が盛んになると、必ずと言っていいほど「左」の方から先の戦争の体験談が引き合いに出されますね。満州の奥地から命からがらの逃避行の話、南の島で兵士の多くが餓死した話、立てこもっていた塹壕を火炎放射器で焼き尽くされた話、空襲で家族が一瞬のうちに死んでしまった話、他にも似たような話はいくらでもあるのだけど、筋書きはだからもう戦争はしてはいけないし、その体験も時間とともに風化させてはいけない、「憲法9条を守れ」というところへと導かれます。
ちょっと変ですよね。第2次世界大戦はそれこそ地球上の「関ヶ原の戦い」みたいなもので、ほとんどの国の国民が戦争を体験しています。中国も、朝鮮も、ソ連も、ドイツも、イギリスも、アメリカも、イタリアも、みんな程度の差こそあれ、悲惨な体験はしているわけです。
まあ私はへそ曲がりだから非日常の戦争の時空間にはそれなりに愉快な解放感溢れる世界もあったのじゃないかと想像してます。けど、ま、平和主義の世の中ではタブーな話なのでしょう
それはともかくとして、「戦争はこりごりだ」という思いは世界共通だと思います。でもだからといって日本のように「憲法9条」を作れという声をどの国からも聞いたことがありません。むしろ逆で自国の防衛力の強化に戦後もせっせせっせと励んでいたのが世界の現実です。丸腰でいいという「非武装中立」論が一定の支持を受けていたのは多分日本だけでしょう。なぜ戦争体験は、「憲法9条」と結びついちゃうのでしょうか。
明治維新以降、この国は日清、日露の戦争、ちょこっと参戦した第一次大戦、そして日中戦争、太平洋戦争と次から次へと戦ってきたけれども、戦場は主に外地なんですね。中国大陸であったり、海上であったり、南の島々だったりしてます。仮に負け戦だとしても、兵隊さんは苦労しますが、一般庶民の生活が巻き添えを食らうということはなかったのです。日本兵が侵攻した土地の人はそこで戦闘が行われるわけですから、勝ち負けにかかわらず、大変だったろうと思います。でもそれが普通なんでしょう。国境線が地続きの大概の国は、「戦争はこりごり」だから武器をもって防御を固めることこそ、場合によっては相手国に攻め込むくらいの威圧感のある武力こそ自国防衛の要だとかんがえるのは自然な事でしょう。
一方この日本の国では、本土が他国によって侵略され、支配され、略奪され、民族存亡の危機に直面する、そういう辛酸をなめて、でも国民が立ち上がってついに他国の兵隊を追い落とし、独立を勝ち取ったという経験が、有史以来ないんです。その痛みが無いぶん、9条の絶対視というか、自衛隊違憲という世論が、戦後70年を経ても有力なのでしょうね。
メディアが世論をあおるというか、リードするという「右」からの批判もありますが、むしろそういう論に反応してしまう国民の感性が根深くあると考えた方が妥当でしょう。
平和を守ろうとすることは、絶対正義のような感じがありますが、その方法論は多岐にわたります。自らの主張の根拠に向かって思考を巡らせていかないと、「右」と「左」の決着は力づくということになりますが、それではおやおや、いつか来た道ではないでしょうか。
貧骨
ご意見はcosmoloop.22k@nifty.com
2015/06/16
路傍のカナリア9

「老人虐待」の怖さ
倫理の次元の奥にひそむもの

「虐待」というのは嫌な感じのする言葉でね、殴る蹴るなら暴行だけど、虐待となるとガムテープで顔面をぐるぐるまきにしちゃうとか、タバコの火を体のアチコチに押し付けるとか、相手を人間扱いしないようなイメージがありますよね。
ニュースで老人虐待とか子供への虐待が事件としてとりあげられますけど、家庭といういわば密室のような空間で、弱い立場の者がひどい目にあわされるのはとっても理不尽です。逃げ場が無いわけだから。つい同情しますが、一方で虐待する加害の側を、「ひどい奴だ」「人間じゃない」って非難すれば事が足るかというとそう単純でもないでしょうね。
老人への虐待っていうのは大概、本人が程度の差はあるにせよ惚けている場合で、たとえば帰宅したら部屋中汚物だらけとか、夕食を食べさせたら、まだ食べてねえ早く作れと騒いだり、夜中になると奇声を発して徘徊し始めるとか、介護する側が心身とも疲れ果てちゃって、結果耐えがたき一線を超えるんだけど、それは世間向けには「介護疲れ」で説明されちゃうんです。でもその奥になにがあるかっていうことを掘り下げておくことが大事だと思いますね。いささかの私的な経験をもとに話すのですが、たぶん人間の精神というのは、狂気の人間と暮らしていると正常なほうも狂い始めるんでしょうね。それはとても恐ろしい現実です。
それだけじゃなくて自分が狂い始めていることに気付かないってことです。だからなんでもない普通の人が虐待をし始めてしまうんです。相手が痴呆の場合ばかりじゃなくて、なんらかの精神障害を持っている人と暮らしている場合も同様です。正常なほうが、イライラしたり相手に罵声を浴びせたり、暴力をふるうようになっていくんです。とりわけ精神障害の当人に自覚がなく正常な自分もそういう認識がないと、ただただ相手を説き伏せようとして振り回されることになって、最後には刃物沙汰という悲劇が起きてしまいます。なぜそこまでいっちゃうかというと、障害者のほうは病的であるがゆえに自己修正もしないし、ひるむってことがないから結局正常なほうがだんだん追い詰められていきます。これは本当に怖いことです。
対処療法をいえば、正常な人間がすくなくとも二人いて、なおきちんと相互のコミュニケーションが取れている状態で、痴呆の老人なり精神の障害者に対し一定の距離を保って接すればいいんでしょう。そうすれば正常な精神は、正常なありようを維持できるんです。どうしても一対一で暮らさなければならないなら、電話でもなんでもかならず正常な他者と常に対話をすることです。そうすれば自分の精神の狂いが修正されますからね。
このあたりが「子供への虐待」と違うところです。子供への虐待には過剰なしつけとか扱い方がよくわからないということはあるでしょうが、加害の側の精神が少しづつ狂っていくということは無いだろうと思えますね。
事案の深刻さはどちらも変わらないんだけど、それでも老人虐待には人間の精神のあり方というか、精神の共鳴現象といった難しい問題が横たわっていると常々かんがえています。
ひょっとしたらきちんとした理解の上で一定の距離間を保ちながら、まっとうに接していくと逆に障害者の精神のほうが立ち直っていくこともありうるかもしれません。   貧骨
ご意見、ご感想はcosmoloop.22k@nifty.comまで
2015/04/14
路傍のカナリア8

新入社員のみなさんへ贈るおせっかいな一文

社会人に「成る」とは、アマチュアがプロに生まれ変わること。

プロ野球が開幕した。ペナントの覇権をどのチームがにぎるのかという話題ばかりか新人選手がどれくらい活躍するかというのもファンの楽しみである。それは彼らの投球や打撃や守備走塁の技量が、プロの世界で通用するか否かという興味になるのだが、選手本人もはたしてプロとしてやっていけるかどうか自信と不安がないまぜになって開幕を迎えているに違いない。けれどもその心理は中学野球から高校野球へ、高校野球から大学野球、社会人野球へと、ワンランク上の世界に踏み込んだときの気持ちと別段変わるわけではない。プロになることがこれまでのステップアップの繰り返しであり、ただ技量の更なる向上が求められていると選手が漫然と考えていると、プロ野球選手としての心構えとしては褒められたものではない。野球を好きでやる世界から職業として打ち込む世界へ入り込むということは、根本的意識変換がまずは要求されていることでもある。アマチュアならまずはチームが勝つことが第一であって、それですべてメデタシの世界であるが、プロであればチームの勝ち負け以前に自分がゲームに出場できなければ、一文も稼げない。
仮に通用する技量を持ち合わせていても、そのレベルを一年間コンスタントに維持し続けなければならない。そのためにどうすべきか、あるいはチーム内のライバルに、これから入団するであろう将来のライバルにどう戦いどう勝っていくか。その問題意識にクリアーでないと競争相手に一歩も二歩も遅れをとってしまう。あの江川卓氏が、野球グランドのことを「わが職場では、」と形容したが、そういう感覚が違和感なく受け取られる精神の位置がプロの在り様だといえる。
もちろん野球選手にかぎらない。テニスでもゴルフでも同様だし、囲碁や将棋でも同じことである。初歩アマからトップアマへの道とプロへの道、そこに求められる意識改革は、特殊技能の世界だけでなく、ごく普通の新社会人にも当てはまることである。
新しく仕事を覚えることは当然として、挨拶、身だしなみ、言葉遣い、時間管理、健康管理、職場の人間関係の距離の取り方、集中力の持続、組織人としての自己抑制などは、つねに心掛けておかなければならない精神の在り様である。
「社会人」とは意識して「成る」ものである。オセロの白がくるりと反転して黒になるように。「社会人」を演じるといっても間違いではないだろう。

新入社員のみなさん、世間はひろい。 「天網恢恢疎にして漏らさず」というが、見るべき人は見ているものだ。社会人のプロとして誠実にいい仕事を心掛けてください。いずれ自分の血肉になる。

人を使う経営者の立場に立って、はじめて見えてきたことを(なんと長かったことか)自戒をこめて触れてみたが、いささかでも皆さんの役に立てば幸いである。
貧骨
ご意見、ご感想はcosmoloop.22k@nifty.com
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