路傍のカナリア

2016/05/16
路傍のカナリア 20

素人風アベノミクス診断
マイナス金利は天下の悪法か

だらだらとだらだらだら下り坂、アベノミクスの現状というのはこんな感じですね。ぱっとしない。黒田さんが必死になって一本足打法で頑張っているけど、その先がない。
多分ですが、円安が輸出産業に有利に働き利益がでて、雇用の拡大と賃金の上昇をもたらす。そのことが内需拡大をもたらして、景気が回復するというシナリオを想定していたんでしょうが、当初はうまくいきそうだったのに失速してきてしまった。金融緩和だけではそりゃ無理だよと言っていた黒田さんも、財政出動や規制緩和の援護射撃ないままに、どんどんとサプライズに踏み込んでついにマイナス金利にまで手をつけてしまった。このマイナス金利なるものは、銀行に何が何でも資金を企業に貸し付けろという脅しのような手法だから、
金融機関にはもちろん評判がよくない。でもそれ以上に問題なのは、庶民の静かなる怒りじゃなかろうか。金融技術的にはこのマイナス金利にはそれなりのメリットはあるかもしれない。そりゃプロ筋の話。いまが住宅ローンの借り時、借り換え時かもしれない。
でもね、庶民の貯金というお宝に今までだってなけなしの金利しかつかないのに我慢していたっていうのに、ぎょ、こんどは金利をとられるって話じゃ、そりゃますます節約するよ。一円だって地べた掘ったって出てこないよ、黒田さん。額に汗して初めて得るお宝なんだからね。
もちろんいささかの誤解はあるでしょうが、庶民は感でわかるね、こりゃ絶対俺たちにプラスにならない、官僚のだましテクニックの類、用心、用心、ふところ用心。
この2〜3カ月の消費の落ち込みは、このマイナス金利の影響が大きいと思いますね。でも日本経済というのは個人消費こそGDPの7割を占めているんだから、こりゃ天下の悪法といっても過言じゃなかろうか。モノ余りでさほど欲しいものはない、年金生活者はどんどん増える、消費は弱くなるばかり、そこに机上で考え出したとどめのマイナス金利。
それにしても安倍総理、いったい看板のひとつである規制緩和による経済の活性化はどうなっているのでしょうか。(まあ個人的には規制緩和は競争が激しくなるばかりでさほどの効果があるか疑問ですがね。) チビチビとはあるんでしょうが、経済成長にドンと寄与するようなものは見当たりません。そんな風に延ばし延ばしにしているうちにますます、景気の停滞感は強まっていくのではありませんか。
消費税の更なるアップも、やるならさっさと、やらないなら無期限延期の棚上げでお願いしまっせ。頭を押さえられているがごとき、生殺しの状態が一番よくない。10%にしてしまえば打ち止め感が出て、それなりに覚悟が決まるもんです 庶民は。そのあとで地域振興券でもなんでも消費刺激策を当面打っていけば、景気の底割れは防げると思いますけどね。
アベノミクスが色あせてきているけれど、はて代案というのが見えてこない。野党のみなさん、ともかく批判はいいから、景気回復の具体的、超具体的な処方箋をぜひ書いてください。安保よりも明日の飯のタネでっせ。  貧骨
2016/05/16
路傍のカナリア 19

テロの悲劇と空爆の悲劇
我々は立ち尽くすしかないのか

ベルギーブルッセルのように、西側諸国のどこかでテロが起きると瞬く間にその事件は報道され、洪水のように大量の情報が我々を押し流していきます。まずは臨時ニュースが、次に定時のニュースが、それから夜の報道番組が、事件の概要や被害者の数や犯人像について次々と伝えますが、その事実関係を知るだけで、我々はもうその悲劇性を十分理解してしまいます。日本とベルギーはずいぶんと離れていますが、テレビをみるかぎり国内で起きているがごとき臨場感に圧倒され、また犠牲になった人たちにも同情心がわきあがってきます。
と同時にその事件の背景が複雑であることは理性では分かっていながら、自然と「善と悪」の構図、民主主義が機能し言論の自由を認める西側諸国の善、無辜の市民を無差別に殺戮するテロリストとその黒幕たるIS(イスラム国)の悪という構図で受け止めてしまいがちです。メディアの論評もテロは許されるべきではないという姿勢で一貫しています。大量の情報が我々を押し流すと書いたのは、まさに事件の報道の在り様そのものが、客観性を保っているように見えながらいやそれ故に、価値軸そのものを伝えているのではないかという疑問です。
テロの悲劇があればシリア、ISへの空爆の悲劇もあるはずです。そこにおいては無辜の民間人の巻き添え死はないでしょうか。まさか空爆が軍人のみを殺傷しているとは思えません。現場からの生中継がありませんから、我々はそこを自らの想像力で埋めるしかありませんが、民間人10人が死んだ20人が死んだ、子供もいれば妊婦もいる、泣き崩れる遺族、その頭上になおも落ちてくる爆弾、そのような生々しい映像が、テロと同じように我々に伝わっていないという事実については、理解しておかねばならないでしょう。たしかパキスタンだと記憶していますが、米軍による学校への誤爆で多数の犠牲者が出た記事を読んだことがありますが、小さな扱いでした。なぜ大手のメディアはブリュッセルのテロ事件と同じだけの人とエネルギーをつぎ込んでこの種の問題を報じないのでしょうか。報道の偏りがあることは歴然としています。
ISはテロを空爆への報復といいます。また「十字軍連合」ともいいます。いったい報復合戦の最初の非はどちらにあるのか まったくわかりません。「十字軍」という呼称も、このテロが宗教戦争の意味あいなのか、それはあの11世紀末の第一回の十字軍遠征でのイスラム教徒を含む異教徒への大虐殺の記憶なのか ISからみた「テロ」の位置づけが不分明です。欧州において、ISにおいて、中東において、アフガンパキスタンにおいて非戦闘員が殺されていくという現実の横軸に、歴史的時間を縦軸として「事件」を理解するとき、「善」と「悪」というシンプルな構図は相対化されその先の地平に見るのは、勝利したものが正義であるという歴史の鉄則です。そしてわれわれはただこの前にただ立ち尽くすしかないとすれば、なんと無力なことでしょうか。           貧骨
2016/05/16
路傍のカナリア 18

この国の行く末
「39」が象徴する右傾化への不安

「39」というのは戦後の衆議院選挙で日本共産党が獲得した議席数の最大の数字です。1979年10月、大平内閣の下での選挙です。また日本がまだ戦後の混乱の影があった1960年以前では1949年1月の総選挙で獲得した35議席が最大です。衆議院の総議席数が500強ですから、数からみれば国政を左右するほどの力は共産党にはなかったと言ってもいいと思います。もちろん数字の背景には、レッドパージ、党内部の派閥抗争、東西冷戦の終結、少数野党に不利な選挙制度の改変、等々がありますが、それを差し引いても確実に言えることは主権者である日本の国民は、あれほどの軍国主義を経験しながらも数字ほどしか左傾化しなかったという厳然たる事実です。左翼と言われる人達の激しい運動はいくつもありました。三井三池の労働争議、60年、70年の安保闘争、美濃部都政の誕生など。けれども報道される騒乱とは別に、国政の軸はほとんどぶれていません。自民党左派と言われる政治勢力こそ国民の選択した基準値といってもまちがいではないでしょう。そこにこの国の「左」への振幅の壁を見ることができますが、では「右」へはどの程度傾斜していくでしょうか。これが分からないのです。「左」の大衆運動のように、試されたことが戦後無いからです。「右翼」は問題外という雰囲気でしたが、ここにきて少し流れがかわってきています。
安倍内閣が、昨夏憲法解釈を変更し集団的自衛権の部分的な行使を可能にするように踏み込みましたが、国民はさほどの動揺もなく受け入れたと思えます。この「右」へ踏み出した一歩が二歩、三歩となったとき、はたして国民は「護憲的」軸に踏みとどまるでしょうか
現在では書店でのいささか偏りのあるフェアなども、指摘があるとすぐ取りやめたり軌道修正をしていますし、公民館での集会なども使用許可が下りなかったりしています。また政府によるテレビメディアへの介入ともみられる要人発言もあります。そういう言論や出版、集会への自主規制的な委縮と権力的な圧迫はすでに始まっていますが、だからといって世論に湧き立つような反対はありません。むしろ淡々と受け入れているようにも見えます。もしもこのタイミングで西洋並みのテロがたとえば東京のど真ん中でおきたり、寝耳に水の離島占拠が他国によって引き起こされたりした時、ナショナリズムの熱狂がこの国を覆わないでしょうか。その時日本国民はどの程度まで「右」に振れていくのでしょう。一足飛びに軍国主義とか徴兵制の復活というのは暴論だとしても、治安維持のための特別警察機関の創設、戦前の憲兵、特高の新しい形態での復活程度は視野に入るかもしれません。
政府首脳の思惑や自制を越えて、戦前の轍を踏むように奔流のごとき勢いで「右」が復権したとき、それがどこでとどまるのかそれが今はみえませんが、国民の振幅についてのクリアーな問題意識を持ち続けないと、いや要するに醒めていないと、「踊るあほう」になって結局は大いなる悲劇におちていくのではなかろうかと、私は心配しております。なぜなら誰だって踊っているほうがその時限りでいえば楽しいに違いないからです。      貧骨
2016/05/16
路傍のカナリア 17

この国の行く末 
「ゆりかごの時間」の喪失

すこし前まで主婦というのは大概家にいたものです。外出して留守にすることはあっても「働く」ための不在というのは少数派で、「三食昼寝付き」「亭主元気で留守がいい」の類のフレーズもその傾向を反映したものでした。パートさんを募集すると40才上の応募が多かったのも子育てが一応終わったからという動機によるものであったし、給料の使い道にしても家計の一助よりも自己消費のウエイトが高かったと記憶しています。
要するに家族という単位のなかで主婦というのは金銭的にも時間的にもゆとりがあったし子供の眼からみると、母親との密度のある時間が物心つくまで持続したということになります。かりにそれを「ゆりかごの時間」と呼ぶとすればこの時間は子どもの精神的な成長にとってとても貴重なものだと私には思えます。母親がただ家庭にいるというのではなく、その母親自身に物心両面で余力があったということが肝心なところで、その余力が子供の精神的な振幅を吸収していたのだと思います。人とのコミュニケーション能力、弱者、病む者へのいたわりと共感、美しいものを美しいと感じることが出来る感性、それらはこのゆりかごの時間の中で精神の深いところに根を下ろすように育まれるものではないでしょうか。
でも今子供をもつ母親の家族の中での立ち位置は大きく変わっています。日本がグローバルな大競争時代に組み込まれたことが大きな転機だったかもしれませんが、働いている人の家計はすこしずつ、すこしずつ貧しくなり、人並みの生活を維持していくにはとても大変になってきてその流れは今も進行中です。そのためかお父さんも働きお母さんも働きそれでも貧困から抜け出せない家族が増えてきています。社会のなかで中間層が減少し数の上では圧倒的に下流層が増加しています。このような時代の趨勢の中では母親が心のゆとりを持ちにくいのもしごく当たり前の話ですが、それはひるがえって子供たちもきついところを生きざるをえないことを意味しています。虐待や、育児放棄の被害を受けた彼ら達がそのトラウマをどう癒していくのか、社会的事件を見るたびに考えさせられます。
母親の不在は貧困層ばかりにあるわけではありません。男女雇用均等法の影響もあるのでしょうが男女間の平等意識が顕著になり、男性が育休を取る時代です。あるいは出産後3カ月もたたずに職場に誰それが復帰したと報じられる時代です。その傾向は現在という時間の中で必然のように理解されていますが、「でも」と納得しない自分がいます。
「ゆりかごの時間の中で、母親というのはかけがえのない存在でそれは男親が、あるいは保育園の保母さんがとつてかわることができるのだろうか」
子供の面倒を見ることが出来る人ということでいえば、可能ならばロボットでもいいのでしょうが、子供の実存からみた母親の意味というものをあまりに軽く見ていないでしょうか。つまるところ人間とは何かという根本の問題になります。 子供による家庭内暴力の原因は幼少期に母親との関係性をうまく取れなかったことによるという論を読んだことがありますが、もしそのとおりならこの国の行く末はけっして明るいとは思えません。一億総活躍社会がもたらす闇がとても心配です。                 貧骨

2016/01/15
路傍のカナリア16

朝の散歩
出来れば裸で歩きたい

2016年が始まりましたが、5年ごとの区切りで考えると前の5年の最初が2011年で東日本大震災がありました。今年はどうかと思っている間もなく、株価の急落やら水爆騒動となかなか一筋縄ではいきそうにありませんが、せめて人知を超えるほどの天変地異が起きないことを祈るばかりです。

零細な小売業にとつて店主の身一つ、健康であることは何物にも代えがたいほどの大切な事案で経営の生命線の一つです。ゼニカネの類ももちろんのことではありますからまったくもって零細とはいくつもの生命線を抱えつつそれぞれが瀬戸際というところを日々年々凌いでいるということでしょう。ひと冬を越えられるかどうかわからないからコオロギ経営、大会社には目に入らないから微生物経営と自嘲しております。
そんなわけで健康には留意しているのですが、そのひとつが朝の散歩です。まずは我が家のワンちゃんの付添い散歩が20分、そのあと自分一人の散歩がやはり20分程度で朝食をおいしく食べれるほどの運動にはなります。真夏、真冬、晴雨降雪嵐関係なく実践しているのですがいつも思っていることは、自分一人の散歩の時は本当は裸で歩きたいということです。実際に素っ裸で歩いている人を見ることはありません。真冬に上半身裸で歩いている人も見かけませんし私もやりません。せいぜい素足で裸眼程度ですが、そうしたい気持ちは常にあります。全裸で歩くというのは猥褻の視点からのみ好奇的に語られがちです。実際に行ったら変質者の類でしょうね、おそらく。が肉体の衣服からの解放、肉体の自然との直接的な交流という切り口からみると身体論の哲学に繋がるのではないかと考えています。一年を通して散歩の際に裸で歩いたら肉体はどんな反応を示すのかとても興味のあるところです。
もともと朝の散歩を始めたきっかけは自分の体を一日一回は野生に戻したいということでした。そのことは長い目で見て己の健康に寄与するであろうと思っていましたが、それだけではありません。我々人類の先祖ホモサピエンスが約18万年前アフリカに生まれ、その後出アフリカという世界各地への大遠征を遂行したその肉体の記憶を呼び覚ますと言えばいささか大袈裟ですが、そのDNAは我々の肉体に組み込まれているはずですから、その一端にわずかでも触れてみたいという問題意識が常にあります。それは雨や風や日光に肉体を直接あてることによってのみなし得ることではないかと思えます。雨の強い日は上から下までまるまるずぶぬれになりますがそのことで体調不良に陥ったことが無いのは、肉体の健康なるものが自然とのじかの交流に基づいているのではないかと推測しています。
日々の散歩は、自分の肉体との対話ですが、そこからすこしでも普遍的な思想がつむぎだせれば幸いです。それにしても歩くというシンプルな所作は、二足歩行、手の自由と道具の利用など人間なるものの本質と深くかかわっているはずです。「人は足から死んでいく」母親がよく話していましたが、含蓄のある言葉でとても印象に残っています。
貧骨 
2016/01/15
路傍のカナリア15

少数者の愉悦と悲哀
すべては疑わしいという刃

世の中に流布している通説とか常識というものはとても大きな力をもっていて、人々の頭の中を呪縛している。熱狂というものも呪縛の一つで、宗教的なものもあれば、国家的なイデオロギーもあるし、ただ単にメディアが煽るような正義感にもとづいた魔女狩りの類もある。だからそれらに異を唱えることは場合によっては、あのガリレオさんのごとくへたをすると火あぶりにでもされかねないことが起きる。世論に刃向うというのはまさに命がけなのだが、日々の身の回りのことでも似たようなことは経験する。
ママさんが「さあ食事ですよ、好き嫌いなくなんでも食べましょうね、栄養のバランスが大事、元気な体を作りましょう」なんて子供に諭しているときに、「なんでも好きなもの食えばいいんでさ、嫌いなものをいやいや食べたって食事なんて楽しくないよ、偏食したって影響なんかないって 栄養学にはそれなりの限界があるんでさ」と脇から口をはさめば多分皿の一枚二枚は飛んでくる。
すべてを疑えとはたしかデカルトさんの名言だが、何事によらず先入観をもたずに己の頭で考えていくと、たどり着く結論にさほどの差はなくとも、世の中のからくりというものはみえてくるものである。と同時に権威の嘘や肩書のいい加減さも分かってくる。報道、批評、解説、学説ひっくるめて情報なるものを鵜呑みにしないことは、時代に流されない唯一の自己防衛に他ならない。とりわけ国家官僚の流す情報ほど怪しげなものはない。
OO賞をもらった学者さんがその専門分野ならともかく、社会的な事象についてコメントしているのをテレビでみていると、素人芸はやめたほうがいいといつも思うし、ISのテロの犯行声明なるものも、アラビア語の正確な訳文なのかなとも思う。案外アラビア語の仏語訳のさらに英語訳を日本語になおして伝えているかもしれない。アラビア語の達者な人って日本にどれくらいいるんだろ。肩が痛くて整形外科へ行ったらレントゲンの画像からあれこれ診断してくれたが、目の前の患者の患部の触診もしないのだからヤブに違いない。医者はうたぐってかかるのが一番である。
分厚い常識の壁に自分だけの思索の空間をつくることは、隠れ家に住むがごとき楽しみはあるが、世間の尺度では奇人、変人の部類に振り分けられるから周囲は自然と距離を置く。会話は成立し、文章は流通するが、何事かが届いている感触はない。
それならとこちらも黙して語らずとなると、どんどんと人離れが進む。ガリレオさんの孤独と孤立と愉悦はいかばかりだったか、ぼんやりとだが触れてみた気がしている。

今年も一年が終わりつつある。誰かが一つ年をとりましたね。来年はおいくつになりますかと尋ねられたので、「わかりません。もともと自分が何歳なのかもわかりません。ただ食欲と性欲が確かにある自分自身を常に見出しているだけです」と答えておいた。
Cosmoloop.22k@nifty.com
2016/01/15
路傍のカナリア14

続 夏目漱石「門」雑感
人の世の必然と普遍

駆け落ちをして東京の片隅に宗助と御米は隠れ住むように暮らしています。この夫婦には子どもがいません。御米は三度身ごもりましたが、その都度なにがしかの不運に見まわれます。
初めての子は流産。二度目の子は「至極順当に行ったが、どうした訳か、これという原因もないのに、」月足らずで生まれてしまい育たず、三度目の「胎児は出る間際まで健康であったのである。」けれども臍帯が首に巻き付いてそれも二重に巻き付いていたので「小児はぐっと気管を絞められて窒息してしまったのである。」
なぜ漱石はこの夫婦にこのような悲劇をもたらすように書いたのでしょうか。たとえば三度目の正直という諺もあるように、三度目の妊娠でようやく子を授かったという展開も作者の裁量で可能であるはずです。しかしまるで念を押すがごとく小児の首にへその緒が二重にも巻き付く、まれな事故が起きた筋立てにしています。いまでいう不倫はけっして許されるべきものではない。この夫婦に人並みの幸せな人生はあってはならない、そういう漱石の倫理観が根底にあるかもしれません。
御米の前夫安井は、その後半途で退学し、郷里へ帰り、病を患い、満州へと流れていきます。それは安井本人にとつて狂わされた人生に違いありません。その安井の不幸と釣り合うだけの不幸を漱石は御米と宗助に課したと理解することはできます。
御米は悩みます。思い余って辻占いに頼ります。「易者の前に座って、自分が将来子を生むべき、また子を育てるべき運命を天から与えられるだろうか」を確かめるために。漱石は一切の希望を打ち砕くように書きます。「易者は、 貴方には子供は出来ません、と落ち着き払って宣告した。御米は 何故でしょうと聞き返した。彼はすぐ、貴方は人に対して済まない事をした覚えがある。その罪が祟っているから、子供は決して育たないと言い切った。御米はこの一言に心臓を射抜かれる思があった。」

小説「門」のポイントになっている部分ですが、でもと私(貧骨)は思うんです。占い師はそこまで言いますかね。たぶん言いません。だからこの易者は作者そのものといっていいでしょう。 そのうえで 漱石先生ちょつと書き過ぎじゃありませんかね。宗助と御米の行状をその「罪と罰」という視点に絞り込めば、こういう成り行きになるかもしれませんが、人がこの世を生きるという普遍の立場にたつと、あまりにも窮屈です。
自分を振り返っても他人の生を遠くから眺めても、良くて九勝六敗、悪くても六勝九敗ぐらいに大体は納まってます。夫婦に子が出来ないと宣せられても、ひょんなことからできてしまうかもしれない。あるいは最後まで子に恵まれなくなったって、その不運に見あう幸運がまわってくるのがこの世の常だと思いますが。あの満州を彷徨している安井にしても、案外違う人生に生きがいを感じているかもしれない。絶対的な困難や不運にぶつかったとき、そこをくぐっていくのは、全体を俯瞰して一切を相対化するしかありません。
宗助は御米にもう占いなんかに行くんじゃないよといいます。それではいつまでも易者の宣託にとらわれてしまう。そうじゃないよ宗助さん。じゃ別の占いに行ってみたらどうだ、違う話が聞けるだろうっていわなきゃ。それでいくらか救われる。
いまでも「門」は好きな作品です。それゆえに何度も考えを巡らしてきましたが、すこしづつこの作品との距離をとれるようになりました。人が生きるということを全体でとらえられるようになったからかもしれません。としたらそれはたぶん年のせいでしょうね。           Cosmoloop.22k@nifty.com                       貧骨
2015/10/14
路傍のカナリア 13

夏目漱石「門」雑感
愛という狂気のなかの女と男

今朝日新聞に漱石の「門」が再連載されています。友人の伴侶である御米と宗助は駆け落ちをして、東京の片隅でひっそりと暮らしています。その二人の日常の小さな波乱と収束を描いた作品ですが、わたしはとても気に入っています。まだ独り身だったころ、もしもこの夫婦のように仲睦まじく暮らせたらどんなにかよかろうかと憧れたものですが、いまあらためて読み直してみると考えさせられる箇所もいくつかみえてきました。
明治末の当時の倫理観からみれば許されざることで御米と宗助の二人は「親を棄てた。親類を棄てた。友達を棄てた。……..もしくはそれらから棄てられた。」そうして「夫婦は世の中の日の目を見ないものが、寒さに堪えかねて、抱き合って暖を取るような具合に、御互同志を頼りとして暮らしていた。苦しい時には、御米は何時でも、宗助に、でも仕方ないわといった。宗助は御米に、まあ我慢するさといった。二人の間には諦めとか、忍耐とかいうものがたえず動いていたが、未来とか希望というものの影は殆んど射さないように見えた」。その封じ込められたような生活の中でも御米はとても魅力的に映ります。
生活苦というものはいつの時代でも家庭を揺さぶるものですが、御米はそのことで宗助といさかうことはありません。三間しかない借家住まいで一間を下女の清が使い、そこへある事情から宗助の弟の小六が引っ越してきて一間を使うことになり、夫婦が一間で暮らすというずいぶんと気詰まりな日々へと変わっていく場面がありますが、御米は愚痴をこぼすわけでもなく夫を叱咤するわけでもなくすべてを淡々と受け入れていきます。この御米の静かさは「門」という作品を通じて変わることはありません。いまの境遇に耐え、
いずれは日の目を見ようという上昇志向の意思ではなく、諦念の深い闇の中に身を沈めてそれでよしとする諦め切った者のすがすがしさが感じられます。御米を支えているのはただ宗助への愛であることが自然と読む側に伝わってきます。人を愛するということの「純粋さ」というのはこんなふうな形になるのかもしれません。それゆえにといいますか、御米は読者からみるととても愛おしい女性です。
一方の宗助はどうでしょうか。彼が学生時代であった頃のはつらつとしたものはありません。神経が病んでいるかのように何事にも消極的です。弟小六の学費の工面に窮しているにもかかわらず、亡父の遺産をめぐる叔母との交渉も延ばし延ばしにしてしまいます。御米とは別の精神の位置で彼も人生を諦めているように思えます。でもなぜでしょうか。愛する女性を得て心身共に充実し世間の反目などものともせず、仕事に打ち込むというようになりません。「社会から棄てられた」にせよ、無職ではなく役所勤めをしているわけですら、世の中とつながっていることは一つの現実的な希望でもあるはずです。その不可解なところに作者漱石の作意を読み取るべきかもしれません。御米と一緒になった瞬間に、彼は「愛」だけでは生きていけない男の孤独に気付いたのでしょうか。「彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった」と漱石は書いていますが、その解釈がいまひとつわかりません。そういえば現代版「門」ともいうべき渡辺淳一の「失楽園」でも主人公は心中をしてしまいます。でもそうせざるを得ない必然はなかったように記憶しています。
月並みな言い回しですが、愛という狂気の世界では、女性は業の火によって焼かれながらも生きていくことができるが、男は気力も精力も奪われてただのたうちまわるだけなのかもしれません。
貧骨
Cosmoloop.22k@nifty.com
2015/09/24
路傍のカナリア12

五輪エンブレム問題 こりゃ公開リンチだよ      
良識派っていうのは脆弱なんですね

すごい光景ですね よってたかってとことん追い込んでいく 白昼堂々。何一つ決定的な証拠はないのに、まして本人が「模倣も盗作もしてません」って否定しているにもかかわらず。こんなことが民主主義の国家である日本で起きちゃうんですね。
当初は「模倣したかな」だったのに「模倣したかもしれない」「模倣したんじゃないか」「模倣しているんだろう」「模倣したに違いない」とエスカレートしてついにはあの仕事もこの仕事もパックたのだろうということで、パクリの常習犯に仕立てられちゃう。
「さらには作ったこともないデザインにまで、世に紹介されてしまう 自身の会社のメールアドレスがネット上で話題にされ、様々なオンラインアカウントに無断で登録され、毎日、誹謗中傷のメールが送られ」るって異様だよね。さっさと白状しちまいな 白状しないなら家族の写真もばらまいちゃうよって、で実際写真がネットにさらされたんだから、こりゃ公開リンチだよ。ねえ人権の尊重はありゃ建前の念仏かい。
日本という密室で一人の人間をみんなで取り調べているんですね。冤罪っていうのは、自白に頼りすぎたり、捜査員の思い込みからする過度の取り調べから生まれるっていうこの国捜査の反省はどこに行ったの.疑わしきは罰せずというのはごくごく常識だったしそういう認識でメディアも報道していたはずじゃなかったのかな。
ネットの社会の発言は匿名性ということもあつて暴走気味になるのはやむをえないけれども、そこから一歩引いて事態を冷静に伝えるのがメディアの在り様だろうに。
ネットの似てる似てる発言をマスメディアがどんどん垂れ流していく、と今度はさらにネットで非難中傷が拡大していってついに本人いわく「人間として耐えられない限界状況」にまで追い詰めるんですね。ひどい話です。いじめ問題には顔を出す評論家など盗作ときめつけるように「国家の恥」とまでののしるんですね。あんたどの面下げていじめを論ずるんだよ。きちんと証拠出してみろと思います。
普段良識派の顔をしてTVで発言している人たちって、こういう時こそ本領発揮でこの報道姿勢はおかしいっていうべきなのにそうじゃないんです。熱狂に乗っかっていくんです。がっかりします。この事態から想像するに戦前の軍国主義が過熱していくプロセスも同じじゃないですかね。進歩的な発言をする人達が政治権力によってねじ伏せられるんじゃなくって、自らの内部から時流に飲み込まれてどんどん大衆を煽っていく。良識派の知的脆弱性がよくわかる話です。だからこの騒動っていうのは今安保法制に反対している人たちもこの狂気がいつ別の形で自分たちに向けられるかもしれないと考えれば、他人事ではなくきちんと批判的な発言をしなくちゃいけないはずなんです。そうならないのは時代全体についての思想的目配りが足らないからでしょうね。
なぜこんなことが起きてしまうのか。「村八分」に象徴されるこの国の根底にある共同体的呪縛が今の世の中の閉塞感によって増幅されたものだと見ることができるかもしれませんがそれはまた別の機会にします。
貧骨
Cosmoloop.22k@nifty.com
2015/09/24
路傍のカナリア11

精神を病んだ者たちの居場所
政治が見据えておくべき日本の明日

最近気になった二つの事件に触れてみます。
7月はじめに奈良で女児がトイレから誘拐された事件がありました。女児は無事保護されて解決しておりますが、犯人は26歳の若者で職を転々としていて当時は無職でした。
この容疑者の人物像の一端をネットから引用してみます。
3年前まで介護職員として働いていた。職場の責任者は「注意されても頑張りますと言って仕事に一生懸命取り組んでいた」と振り返る。だが、「利用者がトイレに行く時間を忘れるなどミスを繰り返していた」とも語る。彼はなかなか仕事が覚えられず、注意されることもたびたびあった。次第に無断欠勤や遅刻を繰り返すようになり、わずか3カ月で退社した。
「一生懸命やっているのに、仕事や人付き合いがうまくできず、周囲に受け入れてもらえない」責任者は、この若者からこう聞かされたという。
もうひとつは朝日新聞デジタル版に載った「裁判員物語」の事件です。
裁判員に選ばれた主婦の目をとおして事件の感想、裁判員であることへの考えがつづられています。事件は40代の男性が万引きした包丁で、見知らぬ女性を背中から刺した という無差別殺人未遂事件です。被告は自らの犯行をマスコミにも予告していたそうです。
「裁判官物語」の筆者は被告の生育歴が気になったと語っています。男性は窃盗を繰り返し、少年院を出たり入ったりした過去があった。虐待を受けて育っており、両親はいま行方不明。情状証人はだれもいなかった。精神科にかかって薬ももらっていた。
社会への適応能力の低い人や劣悪な環境で育った人と犯罪を直ちに結ぶのはもちろん因果の飛躍です。ただ本人の努力だけでは乗り越えられない精神の壁を前にしたとき、この世のどこに彼らの居場所があるかと想像してみるとき、せいぜい街中を当てもなくさまようか、自宅に引きこもるかくらいしか私には思い当りません。二十歳を過ぎれば自己責任ですが、それまでに受けた精神の崩壊を見るとき、そう言い切っていいか疑問が生じます。犯罪を犯してしまった後の刑罰的償いが彼らの何を変えるのか、暗澹たる気持ちになります。ここに政治が果たすべき役割があるはずです。
輸出産業だけでなく、内需型の企業もいま激しい競争にさらされています。この国全体が競争の渦の中でもがいています。チームスタッフを組めば、足手まといの者は排除され続けます。疎外され、疎外され、役立たずの烙印だけが深く刻印されます。嫌な言い方かもしれませんが、身体障害の人は、他者からその障害が見える分、丁寧に扱われるでしょうけれど、精神に障害を負ったものは、怠け者と非難されやすいのが現実です。
厚労省が発表した最近の国民意識基礎調査において世帯の62.4%が「生活が苦しい」とこたえています。この数字からも子供受難につながる家族のゆらぎの予兆を読み取れます。
第一次安倍政権は敗者の再チャレンジを政策として掲げました。けれども敗者とは勝者になれる可能性を持った者たちへの救済です。でも政治がこれから見据えるものは、敗者にすらなれない弱者の居場所をどう構築するかだと思えます。それは社会の安定と安寧に欠かせない要石だともいえます。かれらは確実に底辺で増え続けているのですから。
貧骨
Cosmoloop.22k@nity.com
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