路傍のカナリア

2019/10/16
路傍のカナリア 158

防犯監視カメラの世界は健全か  

「逃亡者」の視点から

「日本の刑法犯認知数は戦後最悪だった2002年の約285万件から急速に改善し、2015年には110万件を下回って42年ぶりに戦後最少記録を更新した。その要因は、防犯カメラの普及にあると言われている」(賀来泉社会を変える防犯カメラより)。
防犯カメラの威力は絶大である。最近も都内で犯罪を起こした容疑者が逃亡の末湘南のホテルで逮捕されたが、それは防犯カメラの追跡の結果、宿泊のホテルまで特定された為である。通り魔やひったくりの類の犯罪は、少し前までは犯人の特定や検挙にかなりの労力を要し、それでもなかなか捕まりにくかったことを思えば防犯カメラは治安の維持に役立っていることは言うまでもない。
江戸の夜にうごめく盗賊どもを長谷川平蔵が一網打尽にしたごとく、令和の平蔵ともいうべき防犯カメラの監視の目はすこぶる優秀である。
けれどもこの防犯カメラについていささかなりとも知ろうとすると事は容易ではない。日本全国でどの程度の数が設置され、首都圏を含め大都市圏内と地方ではカメラの設置密集度はどの程度なのか、カメラに映し出されたデータはいつまで保存されているのか、だれが管理しているのか、警察を含めた治安当局はカメラの設置、データの収集に直接関与しているのか、市町村,JRなどの行政や公共機関による設置はどの程度広がっているのか、カメラ自体の性能は初発よりもどの程度向上してきているのか、最新のバージョンはどれ程のことが成し得るのか、思いついただけでも知りたい事は多くあれど、情報としては多分開示されていないであろう。誰に聞いていいかも分からない。いや仮に私が自分の街の防犯カメラについてでも知ろうと市役所や警察に問い合わせればそれだけで不審者扱いをされかねない。つまり防犯カメラは、その情報が秘されていることで威力を発揮するものだから、関係者以外には明らかにならないように仕組まれているということである。この在り様は、ある意味とても怖いことでカメラの仕様が加速度的に高度化すればするほど我々は気付かないうちに格段と、そして徹底して管理されてしまっていることになりかねない。いやもうそうなっているのだろうが管理の巧妙さが圧迫感を感じさせないのである。
だからもし自分が何かのいきさつで追われる身になった時にはどうすればカメラの監視を振り切れるだろうか。電車と地下鉄をランダムに利用してもおそらく行動軌跡は把握されてしまうはずだ。
山の中のキャンプ場で女児が行方不明なった事件(事故)の捜索状況から考えればあの辺りにはカメラが設置されていないことは分かる。事件から防犯カメラの在り様を事前に判断しておくことだ。そのうえで逃亡するならともかく、山中に潜り込み日を置いて登山者に紛れて下山するのが現在の時点では一つの方法かもしれない。
かくほどに優秀であればあるほど防犯カメラが政治的に利用されるリスクも大きい。戦前の治安維持法は目に見える直接的、強圧的な政治的弾圧の手法であったが、現在では権力がその気になればいくらでもカメラを使った治安維持が可能なのである。誤解のないように付け加えておくが、自民党政権がという意味ではない。どの政権になろうとも権力を握ったものはという意味である。主権者である国民が防犯監視カメラによって日々安全な生活を営むことが出来ることはありがたいことだが、そのカメラの情報が開示されて国民がカメラの運用を監視できなければ、空恐ろしい社会が現れることも心しておかねばならない。貧骨
2019/09/25
路傍のカナリア 157

日韓対立 
ニュースの奥行 

感情が勝ると物事というのは歪んで理解されるものであるが、双方の言い分のへだたりが大きければ大きいほど、その渦の中に入り込むと視野狭窄の果てに怒鳴りあい罵り合いに終始してしまうものである。けれども物事の奥行ということを考えてみれば、目の前の事案も違った相を見せるものではないだろうか
日本と韓国が戦時中の徴用工の賠償金支払いを巡って対立し、お互いの報復合戦も熱を帯び、遂には両国の安全保障まで危うくなりそうな気配である。韓国では「反日」のムードが盛り上がっていて、日本製品の不買運動も起きている。報道されているというか報道が作り上げているイメージというのは、この反日抗議デモは韓国全土に広がっているように見えるが本当のところはよくわからない。局部を全部のように見せて面白おかしく対立を煽るメディアマジックかもしれない。我々は日本に住んでいるから、日本ではさほど反韓抗議の運動が熱を帯びていないことは明らかである。どちらかというと日本の国民は醒めていて「ああまたか、また韓国が戦争責任、賠償問題」を言い出した程度の受け止め方である。韓国の反日への激しさは、1910年の日韓併合条約に端を発した日本の植民地支配への韓国側の恨みつらみが根っこにあることは間違いない訳で、比較的友好な状態が両国民に訪れてもちょっとしたきっかけですぐ反日が盛り上がってしまうのである。下世話に言えば殴った側は忘れても殴られた側はその痛みを忘れないという事であろう。だから今後もこの関係性はさほど変わらないだろうけれども、いつも思うことだが日本の韓国に対する植民地支配は他の欧米諸国の支配に比べて段違いに過酷なものだったのだろうか。何とはなしに加害者意識のためかいかにも日本人だけが非道な事をしたように思い込まされているが、そのあたりが常に曖昧で解説されていない。たとえばイギリスもインドをほぼ100年にわたって植民地として支配していたけれども、今なおインド人がイギリスに激しい感情を抱いているという話を聞かない。むしろ現在ではイギリスには好意的な印象を抱いている国民が多いと言われている。といってイギリスがインドに紳士的だったわけではない
インドの繊維産業はイギリスによって壊滅的打撃をうけ、白骨街道と言い伝えられるほどの収奪が行われたことは歴史的な事実である。
またイギリス人のインド人への差別、虐待も日常茶飯であつた。{インドでは道路の中央の平らなところは支配者の通るところであり、インド人は道の端の凹凸のあるところを通らねばならず、もし真ん中を通ると、足蹴にされるなど言語道断な暴行を受けた。
汽車ではインド人は英人と同じ車室に同席できなかった。さらに一般の英国人はよくインド人を射殺した。かれらは裁判にかけられたが、狐と間違えて撃ったという咎人で罰金刑に処せられただけだったという。オランダのインドネシアに対する植民地支配の実情も似たり寄ったりで、植民地の支配被支配関係というものは、当時はどこでもそんなものだったのだろう。
是非の話をすれば非難されて当然だが、英国もオランダも日本のように事あるごとに謝罪を表明しているわけではないし、当該国から謝罪要求をされているとも思えない。
日韓の対立を不毛にしているのは世界史を顧みて、植民地経営にはいかなる形があり、欧米各国が他国をどのように管理運営していたのか、という奥行きのある視点が無いことである。
この視点から改めて日本の韓国支配の在り様を見てみれば、非道なこともあったが、そればかりではないだろうから、今少し冷静な議論が出来るのではあるまいか。(引用文献:岡崎久彦「重光・東郷とその時代」) 貧骨

2019/08/26
路傍のカナリア  156
 
「夏のフェイクニュース」

夏は暑いに決まっている。いつから暑いかと言えばもちろんここ最近の事ではない。さかのぼれば源氏物語か枕草紙かいや1万年前の縄文時代からさほど変わらず暑いのである。急に暑くなったわけではない。地球の地軸が23.5度傾いているのは変わらないし日本列島の緯度だって変わっていないのだから当たり前の話である。地球の46億年の歴史から見れば1万年なんてものは、ほんとにたかだか1万年なのだ。瞬きするくらいの時間なのだ。
変わりようがない。日本人はこの列島で夏の暑さと付き合いつつ過ごしてきたのだ。

引っ越したので家にクーラーが付いていない。このままひと夏を越えようとしたら家人が家の中にいても夜寝ていても熱中症になるかもしれないからクーラーをつけた方がいいという。
確かにそういう報道があることは承知しているが、そんなものは嘘だからこのままでいいと一悶着あつた。それではサハラ砂漠を遊牧しているベトウィン族はみんな熱中症に罹っているのか、それともクーラー担いで移動しているのかそんなことはないだろう。
赤道直下ボルネオやニューギニアのジャングルで暮らしている住民が熱中症で死に絶えたという話も聞かない。寝苦しい夜は、自然の風と強いて挙げれば扇風機で十分。日本人はそうやって夏と付き合ってきたと話してもラチが明かない。新聞には一面見出しに「熱中症で一週間に600人ほどが亡くなった」と書いてある、知り合いの奥さんだって「クーラーつけなきゃばてちゃいますよ」って言われたなど同調圧力弱者そのもののようにグチグチのたまう。そういうのをフェイクニュースという。600人、日本人1億2千万のうちの600人だ。考えてみろ。息も絶え絶え寿命期限切れ間近の高齢者がちょっとした気温の変化に付いていけないで最後の一押しを熱中症と言っているかもしれないだろう。働き盛りのぴんぴんしているおっさんが朝になったら熱中症で亡くなるわけがない。
持病があったり、虚弱体質なら別だろうが。メディアと役人と政治家のいう事はまずは疑ってかかるのがあの敗戦から学んだ教訓ではないのか。自分の頭をよくよく回して見ろ。どんな理屈をこねても心頭滅却しても暑いものは暑い。お寺さんだって檀家が集まればクーラーをつける。今の常識に従っているだけ。いやいやその常識がおかしい、というわけで平行線は交わらないの公理のごとく私の部屋だけクーラー抜きになった。

夏は暑い。冬は寒い。その暑さ寒さに適応しながらわれら日本人は命をつないできた。1万年もの長きにわたってだ。その肉体の記憶は現在を生きる自分たちにも当然ながら受け継がれている。少々のことではビクともするはずがない。真夏と言っても工夫のしようがないほどの暑い日々はそうは続かない。曇っていたり、風が吹いたり、台風の余波で雨が降ったりするのが常で、そのうちには秋が「目にさやかに見えねども」静かに忍び寄っているのである。その気配を本人自身が気が付くよりも、早く察知して秋にそなえることが出来るのは肉体の記憶のなせる業である。
日本人的自然の在り様を、生活の中心に構える心構えと問題意識こそが、「クーラー欲しい症候群」の呪縛を解き放ち、われらの先祖から受け継いできた生命力の活性化につながるのは間違いがないのだ。   貧骨     
2019/08/26
路傍のカナリア 155

モノと格闘の日々

部屋の中を整理していると必ずと言っていいほど整理のつきにくいモノが出てくる。どこへおくにしても中途半端。とりあげては右に置き左に置きなかなか始末が出来ない。結果また適当に部屋の片隅にとりあえず置くが、とりあえずだからまたあちこちへ置き換えて、その存在感に負けて見ぬふりをしてしまっているモノが確かにあるのだ。よし今度こそは決着をつけよう、正面から向き合ってあるべき場所にきちんと整理してやるのだと思い立つのだが、そのあるべき場所が見つからない。押入れの奥に放り込んでおくか、それではいつの間にか忘れてしまっていざ必要なときに役に立たない。万が一に必要なときに取っておくのなら、やはり普段から確かにここにあるという、生活の視野の中にほんの少しだけでも収まっていないと意味がない。
例えば道具箱、文具入れ、薬関係、手紙封書の類、写真類、新聞の切り抜き、などなど一応のカテゴリーの中に納まってくれればいいが、それだけが妙に自立して存在を主張するから困る。
そうだ、いっそ捨ててしまおう、如何ということはない。ごみ箱に一直線、悩みは解決と思うすぐそばから、なんともったいない、まだ十分使えるじゃないかという声。いやそれよりも「捨てる」とはいかなることか、我々は確かに毎日なにかを捨てている。でもそれは使い切ったモノ、壊れてあるいは汚れて使えないモノ、が大半で、モノを作った、いや考え出した人たちの精神を十分尊重したうえでの廃棄である。それがモノを捨てるということだ。だから当たり前のことながら心の痛みは感じないで済んでいる。でも目の前にある始末のつけにくいモノはまだ十分使えるのだ。いやモノ自身がそう主張している。私を捨てるのか、それでいいのか、小動物のようにその存在を主張する。
部屋の中にモノが少しずつ増えてゆく。モノはどこかから湧いてくるようにそこにある。
部屋のモノをかき集めてみたら、サイズを図るメジャーが2つ、爪切り3つ、ボ−ルペン10本、赤鉛筆2本、工具のドライバー3セット、似たようなハサミ3つ、などなど、手軽に買える100円ショツプこそモノの湧き出る泉かしらん。
意識的にモノと正面から格闘して、きちんきちんと最低限の必要分で生活をオペレーションしないとゴキブリのようにモノが増えていく。知らず知らずに。昭和の時代、モノは貴重だった。貧しいとはモノを大切にすることであったしモノは生活の豊かさの象徴だった。いまはモノを拒否するミニマニストが生まれている。
話をもどそう。始末のつかないモノの一つが、リモコンのスイッチ。室内灯を購入したらリモコンスイッチが2つ付いてきた。サービスのつもりだろうが、二個目はどう始末すればいい。補欠の選手のようなものだ。いつか使ういつか使うと思いつつでも一個目は壊れない。頭に汗かいて考えても、結局蹴飛ばしておくしかない、梅雨空のようにうっとうしい。
渡辺真知子が歌っていた「捨ててしまったわ、昔のプライドなんて もしも許されるものならきっと生まれかわる」プライドは捨てられるか、それなら2個目を付けたサービス精神も捨てられるか。いやいや貧しさの記憶が呪縛となってかのリモコンはまだ私の手の中で踊っているのである。迷い道くねくねなのだ。  貧骨
2019/07/16
路傍のカナリア 154

モノと格闘の日々

部屋の中を整理していると必ずと言っていいほど整理のつきにくいモノが出てくる。どこへ置くにしても中途半端。とりあげては右に置き左に置き、なかなか始末が出来ない。結果また適当に部屋の片隅にとりあえず置くが、とりあえずだからまたあちこちへ置き換え、その存在感に負けて見ぬふりをしてしまっているモノが確かにあるのだ。よし今度こそは決着をつけよう、正面から向き合ってあるべき場所にきちんと整理してやるのと思い立つのだが、そのあるべき場所が見つからない。押入れの奥に放り込んでおくか、それではいつの間にか忘れてしまっていざ必要なときに役に立たない。万が一に必要なときに取っておくのなら、やはり普段から確かにここにあるという、生活の視野の中にほんの少しだけでも収まっていないと意味がない。
例えば道具箱、文具入れ、薬関係、手紙封書の類、写真類、新聞の切り抜き、などなど一応のカテゴリーの中に納まってくれればいいが、それだけが妙に自立して存在を主張するから困る。
そうだ、いっそ捨ててしまおう、如何ということはない。ごみ箱に一直線、悩みは解決と思うすぐそ場から、何ともったいない、まだ十分使えるじゃないかという声。いやそれよりも「捨てる」とはいかなることか、我々は確かに毎日何かを捨てている。でもそれは使い切ったモノ、壊れてあるのは汚れて使えないモノが大半で、モノを作った、いや考え出した人たちの精神を十分尊重した上での廃棄である。それがモノを捨てるということだ。だから当たり前のことながら心の痛みは感じないで済んでいる。でも目の前にある始末のつけにくいモノはまだ十分使えるのだ。いやモノ自身がそう主張している。私を捨てるのか、それでいいのか、小動物のようにその存在を主張する。
部屋の中にモノが少しずつ増えてゆく。モノはどこかから湧いてくるようにそこにある。
部屋のモノをかき集めてみたら、サイズを図るメジャーが2つ、爪切り3つ、ボ−ルペン10本、赤鉛筆2本、工具のドライバー3セット、似たようなハサミ3つ、などなど、手軽に買える100円ショツプこそモノの湧き出る泉かしらん。
意識的にモノと正面から格闘して、きちんきちんと最低限の必要分で生活をオペレーションしないとゴキブリのようにモノが増えていく。知らず知らずに。昭和の時代、モノは貴重だった。貧しいとはモノを大切にすることであったし、モノは生活の豊かさの象徴だった。いまはモノを拒否するミニマニストが生まれている。
話を戻そう。始末のつかないモノの一つが、リモコンのスイッチ。室内灯を購入したらリモコンスイッチが2つ付いてきた。サービスのつもりだろうが、二個目はどう始末すればいい。補欠の選手のようなものだ。いつか使ういつか使うと思いつつ、でも一個目は壊れない。頭に汗かいて考えても、結局蹴飛ばしておくしかない、梅雨空のようにうっとうしい。
渡辺真知子が歌っていた「捨ててしまったわ、昔のプライドなんて、もしも許されるものならきっと生まれ変わる」プライドは捨てられるか、それなら2個目を付けたサービス精神も捨てられるか。いやいや貧しさの記憶が呪縛となってかのリモコンはまだ私の手の中で踊っているのである。迷い道くねくねなのだ。  貧骨
2019/06/12
路傍のカナリア 153

覚せい剤が開く人間の可能性の世界

覚せい剤を使用すると日常生活では味わえない感覚に浸れるという話はよく聞く。気持ちがハイになって極度の陽気になる。音感が鋭くなって普段なら考え付かないような楽曲を生み出す。性感が敏感になって性的快楽が格段に増す。集中力が増して2日や3日は殆ど徹夜でも仕事や勉強をこなすことが出来るようになる。風邪が一発で治ってしまうなどそれなりの効用はあるようだ。
ビジネスマンがハードな仕事量をこなすために覚せい剤に頼ってそこから常用者になるという風聞は世間一般によく知られている。いってみれば覚せい剤の服用によって常人にはありえないような能力が発揮されることがあるということだ。
覚せい剤には強い依存性を含む副作用があると言われているから、法による刑罰的な事を差し置いても割に合うモノではないが、この薬物は人間の脳にどう作用しているのだろうか。
漠然と考え付くのは薬物が脳それ自体に作用して脳の正常な機能を攪乱してしまい、その結果として人間には不自然な行動がもたらされるというものである。大概の人は程度の差はあるにせよ、そのように理解するのではなかろうか。
けれども別の見方をすることもできる。人間の脳には常識では測れないような潜在的な力が眠っているが、それはある種のバリアーに囲われていて普段は表には現れてこない。けれども薬の作用によって一時的にバリアーのレベルが下がり、潜在的パワーが現出するという考えである。この見方に立つと人間の能力に対する考えが変わる。人間観が変わると言い換えてもよいが、根拠のない話でもない。
1970年代後半ブームになった「阿含宗」による超能力の開発というものがある。瞑想を通じて人間の新しい能力に目覚める修行である。教祖の桐山靖雄によれば予知の能力、高度の創造力、他人を思うがままに動かせる能力、普通人の3倍ほどの精神、肉体の耐久力、念力による物理的変化を起こさせる力を挙げている。桐山氏自身、「念の力で瞬間的に水を沸騰させ、生木に火をつける」ことを数千の大衆の前で証明したと言っている。
また阿含宗に一時入信しその後自ら宗派を立てたオウム真理教の麻原彰晃にしてもその奇跡ともいうべき施術があったからこそ、多くの信者が麻原に魅了され集まったのである。そのパワーがいかほどのものであったかということは、林郁夫「オウムと私」のなかにも上祐史浩「オウム事件17年目の告白」にも具体的に書かれている。
阿含宗もオウムもチベット密教のいわば秘儀の修行を現代版に焼き直したものと言えるのだが、空海が開いた真言密教も元を辿ればおなじものである。根本にあるのは、密教による念力の力を駆使しての特殊能力開発であるが、それが誰にでも可能であるというのは、人間の脳自体にそういう力が眠っていると理解したほうが自然である。
薬物が開いた世界と密教の修行者がみた世界は通じ合うものがある。林郁夫は「古代には、人間をして人間を越えさせる一つの教えと、その修行システムが存在していたのではないかと」書いているが、人間というのはまだまだ可能性を秘めた存在なのであろう。それではなぜ人間を越えさせるシステムは脳の奥底に、いわば隔離されたのか 謎めいた話になるが、同時にわれわれが当たり前と思い込んでいる目の前の二元論の世界も絶対確実とは言えなくなってくるのである。                貧骨 
2019/05/16
路傍のカナリア 152
           
宗教への扉 

私たちの人生というものは振り返ってみれば大概八勝七敗か七勝八敗、悪くとも六勝九敗程度には納まるものである。平たく言えばいい時もあるが悪い時もある。が苦しい時にもあまり悲観しなくていい。結果帳尻はそこそこ合うということだ。  
もちろん土砂降りのような一生もあるだろうが、そのわずかな勝ち星でも宝物のような勝ち星はあるし、何処から見てもピカピカの人生でも手痛い一敗のために生涯重荷を背負うこともある。神様はそれなりに公平なのだと思うが、それでも不運や不幸に立て続けに見舞われれば、なぜ自分だけがと運命なるものを嘆くことはあるものだ。
この「なぜ」にこだわっていくと人は迷妄の地に足を踏み入れることになる。占い師を訪ねればあなたの運勢は今年が最悪だと言われるかもしれない。宗教の扉をたたけば、先祖の霊を敬わないからだと告げられるかもしれない。夏目漱石の小説「門」の中で三度の流産を経験した主人公のお米が思い余って辻占いに相談をしたところ、それはあなたが人の道にそむいた報いだと言われる場面があるが、「なぜ」をそのまま放置できないのが人の常というものかもしれない。それはただの偶然の重なり合いで、それ以上でもそれ以下でもないと理解するようにはなかなかいかない。かりに無理やりにでもそのように自己に強いても、結局精神的な安定は得られないものだ。
因果律という言葉があるが、原因があってその結果があるという風に説明されると、それが外から見たらいかがわしい霊的なものでも星占い的なものでも気持ちの上では納得感が出てくる。だからこれからは、しかしかかくかくの生活態度で臨めば運が開けてくるなどといわれると妙に前向きになるものだ。宗教が心の中に入り込む余地がそこにあるというより、不幸や困難を偶然として受け止められない人の心の在り様自体が、宗教的なものを呼び込むという事であろうか。
宗教への扉は、こういう過程を通して開かれていくが、考えようによっては宗教心というのは、迷妄というよりもむしろ慰藉と救いの道ということになる。
我々は今にありながら同時に過去の経験を引きずり、また死後の世界を含めた未来を不安の中で思いやりながら生きている時間的存在であるがゆえに、過去の不運に気持ちの整理をつけ、将来への不安が少しでも和らぐに越したことはない。宗教心は誰でもが必要とする人生の必需品のようなものだ。一切を合理的に死ねば死に切り、墓に眠るのはただの骨とまでは割り切れないのが我々人間である。
けれども悲しいことに、小さな人々の灯のような宗教心も、教祖が生まれ教義が作られて立派な宗教になると、己の絶対性を主張して宗派同士の争いが何百年と続くのである。あるいは人の宗教心を逆用して、霊感商法に見られるイカサマビジネスが横行することになる。
人は不運や不幸を越えていくために宗教心を必要とするが、その宗教心を掌の中で大事に守っていくことは大切なことだが困難なことかもしれない。        貧骨 
2019/05/16
路傍のカナリア 151

補欠たちの悲哀

中学生の時野球部に入っていたが、一度も試合に出ることなく3年を終えた。運動神経は人並み以下だったから補欠は冷静に考えれば定位置なのだが、やっている本人にとっては辛いものである。練習を毎日しても試合に出れないのであれば、それはつまらないであろうと他人は想像しがちだが、辛いのはむしろ補欠であることへの外からの視線である。同じ学年の部員はともかく、クラスの連中や下級生の部員からの目線を嫌でも意識してしまう。まあそういう年頃でもあるのだが。からかわれたわけでもないにしても補欠という立場はそれだけで劣等感を過剰に感じてしまうものなのだ。
高校野球で暴力沙汰が起こるとき、レギュラーでない上級生による下級生いじめがしばしばあるのは、そのあたりの鬱屈した心理のなせる業だと思える。補欠であることの「格好悪さ」を自分の中で消化できないのだ。
TVで甲子園の高校野球を見ていると、ユニフォーム姿の選手たちがスタンドで応援している。部員全員一丸となって戦う、その意図のパフォーマンスだろうが下級生ならともかく上級生ともなれば胸中複雑ではないか。観客に自分が補欠であることを知らしめているようなものである。監督や部長はそのあたりの配慮をどう考えているのか。高校野球は教育の一環であったはずだが。補欠は補欠、レギュラーの練習台、君の位置は自己責任とでも思っているかもしれない。元補欠としてはあの光景を見るたびにハラハラしてしまう(笑)
かなり以前のことだがどこかの大学のサッカー部には「補欠がない、みんな試合に出る」という記事を新聞で読み、その在り方は忘れたが、とても印象に残っている。勝ち負けはもちろん大事だが、下手な選手も試合に出ればさらに日頃の練習に精が出るというものだ。アマチュアスポーツの運営精神というか思想は、ここらあたりにあるのではなかろうか。
新年号が「令和」に決まった。5月1日に皇太子徳仁殿下は新天皇に即位する。目出度いことだ。譲位という穏やかな天皇の交代も新天皇即位を明るくしている。ここしばらくは外国の王族、国内外の要人たちの祝賀の訪問も相次ぎ、新天皇徳仁殿下と雅子妃は宴の主役として華やかな光をしばらくの間浴びることになるだろう。
さてと思う。弟の秋篠宮殿下の胸中はいかばかりであろうか。彼は新天皇の皇位継承者一位の人となり称号も皇嗣となる。が、「天皇の補欠」ともいうべきその立場をごく自然に天命として受け入れているだろうか。それとも補欠球児たちの悲哀と通じ合うものを心中深いところで感じているだろうか。天皇即位の儀式「大嘗祭」の経費を巡る発言を含め、彼の言動の中に皇室行政への疑問だけでなく、自らの立ち位置そのものへの割り切れなさをみるのは杞憂だろうか。
華やかなものがそれだけで成り立たないことの道理を考えながら、そういえば今祝賀に沸く皇室もたぶん例外ではないのだろうと思った。           貧骨
2019/03/19
路傍のカナリア 150
         
「平成」雑感 みんなぺっしゃんこ

天皇陛下在位30年式典に臨んでの陛下のお言葉が新聞に掲載されている。その文中に「平成がはじまって間もなく」美智子皇后が詠んだ歌が記してある。

ともどもに平(たひ)らけき代(よ)を築かむと諸人(もろひと)のことば国うちに充(み)つ

平成という年号が小渕官房長官によって示されたとき、この平成は平らかに成るという意味だと解釈されたことを記憶している。この歌を読めば平らかに成るということが皇后には平和な世の中であって欲しい、国民もみなそうあることを望んでいる、そういう意味として受け止めたという事だろう。この思いは今上天皇にとっても同じに違いない。いやむしろ「平和」がただシンプルに貴重だという事を越えて特別な感慨が天皇にはあるかもしれない。明治天皇は日清、日露の開戦の聖断を下し大正天皇は第一次大戦への参戦を認可し昭和天皇は太平洋戦争開戦の聖断を多分本意ではないにしても下している。時代背景が違うとはいえ顧みてこの国が戦争の当事者として関わることなく平成を終えるということは天皇にとつて「平たんではなかった」にせよ満足のいく30年であつたということになるのだろう。
殿上からみれば平和を意味する「平成」も、娑婆でこの30年を過ごしてみると平らかに成るとは別の感が強い。バブルがはじけて不動産の価格は暴落し、土地の神話に踊った企業は破綻の末の消滅か他企業への吸収の末路をたどった。残された不良債権の山を半ば強制的に整理する中で、老舗の金融機関も証券会社も百貨店も総合スーパーもマーケットから退場した。加えて小売の現場では規制緩和の波が、零細な商店やそれに連なる商店街をなぎ倒した。平成も後半になるとスマホに象徴される技術革新の急速な展開の中でネットの破壊力が従来型の店舗でモノを売る商売をダメにした。
小売りだけではない。「昭和」が到達した一億総中流は解体され、グローバルな競争社会がもたらした一握りの勝ち組と多数の負け組の格差社会が現出した。それは働き方も家族の在り様も男女の在り様も変えるほどの変化であつた。
時代の流れに是非はないのだし、清算された更地のうえには新しい業態が、新しい働き方が生まれてはいるのだけれども、自分の立ち位置から見れば平らかに成るとはすべてが「ぺっちゃんこ」になってしまった感がある。サラリーマンの世界も同じように「ペッちゃんこ」にされた人々で溢れているのであろう。名は体を表すというがまさに「平成」とはそういう時代であった。
誰かが「平成」の30年は時代の踊り場でこれからの坂道には多くの困難が待ち受けてはいるが勇気をもって登って行ってほしいと書いてあった。確かにその通りであろうが、さて上り坂なのか下り坂なのか そこは判然としない。判然とはしないが自分の生活実感でいえば、楽観には程遠い。政府が旗を振るオリンピックも万博も虚妄のように見えて致し方ない。「平成」程度のぺっしゃんこが懐かしいほど困難な時代がひょっとしたら待ち受けているかもしれない。      貧骨
2019/02/15
路傍のカナリア 149

介護の死角   
なぜホストクラブ付き介護施設はないのだろうか

道楽というのは楽しいものだ。男の定番ともいうべき「飲む、打つ、買う」は説明などいらないであろう。深入りすれば身の破滅にまで行くところが道楽の道楽たるところで、酒に飲まれて命を縮めた人もいれば、賭博にのめり込んで身代を失った御仁もいる。女に貢いで気が付いたら無一文になっていた話は珍しくもない。けれども途中で引き返そうと思ったときには、今度は道楽の方がわが身を離さないのである。体の中の狂気ともいうべき「血が騒ぐ」からであろうが、この「血の騒ぎ」こそが人の活力の源という見方もできる。女性でも「おしゃべり、着飾る、食べる」は身の破滅まで行き着かないにしても女性特有の深い楽しみであろう。それを封じられたらどんなにか人生は味気無いものであるに違いない。
だから管理の極みの如き今の介護施設に「ホストクラブ」や「ノーパン喫茶」、「スイーツ食べ放題」「カラオケ歌い放題」「馬券、舟券買えます、人生最後の株で勝負、手伝います」「朝から飲めます酒場」「寝たきりでも美しく高級エステ」などが併設されたら、高齢者の活性化に役立たないだろうか。
寝たきりの爺さんがリハビリに懸命になったり、ディサービスのお迎え車に渋々乗っているおばあさんが、嬉々として化粧までして施設へ赴くのではないか
これは高齢者を茶化したような冗談話ではない。我々は高齢者というものが本当のところよくわかっていない。教師と生徒、医者(看護師)と患者、監督と選手、親と子、上司と部下、どの関係でもいいのだが、これらの人間関係と「介護者と老人」の関係は全く違う点がある。それは上に立つ者は何らかの形で必ず下の者を経験しているという事実である。教師は学生を経験しているし、医者も病気で寝込んだ経験をしている。親は当然子供であった。監督にしても上司にしても同じことで、その経験があって初めて下の位置にいる者の気持ちを汲み取ることが出来る。この基礎の上に立って学校、病院、会社等のシステムというのは構築されているし、世代の交代に合わせてシステムそのものも改善、修正されてきたともいえる。
「介護者と老人」というのは、この関係が成立しない。介護されている老人、痴呆に病む高齢者がその後社会復帰して介護者に回るということは現実にはない。だから本当のところ今の介護の在り様が、介護されている人にとつて適当なものかどうかは実際のところは手探りであつて、そこに介護というものの難しさがある。と同時に介護施設の運営が「無事一辺倒」の管理になりがちになる現実がある。
寝たきりや頭の動きが鈍くなっている高齢者の精神の在り様をただ封じ込めてしまうのではなく、ごく当たり前の人間として再生させていくという問題意識に立てば、「血が騒ぐ」愉しみを提供することはさほど的外れだとは思えない。血が騒げばそれだけで人は活性化するものだ。
「極楽へ旅立つ前の極楽生活」は現在へのアンチテーゼだが、その先にジンテーゼとしての介護施設が生まれてくればもう少し介護も介護される側からみて人間らしくなってくるのではなかろうか。                   貧骨
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