路傍のカナリア

2020/07/16
路傍のカナリア No 167

家事作業を考えてみた

 私は食べ物の好き嫌いが激しいうえに食わず嫌いだから、料理のメニューは一年を通してほとんど変わらない。決まったものを言わば毎日順番に食べているような感じである。ちょっと珍しい素材や料理に挑戦しようという意欲はさらさらない。食べることに超が付くほど保守的である。 それで特に困ったことはないが家人(カミさん)からすると栄養の偏りが気になるのか時々私が知らないような手料理が食卓に乗ることがある。
料理の本でも読んで作ったものであろうが、一口二口食して口に合わなければそのまま残す。が、だいたい文句が飛んでくる。「せっかく健康と栄養を考えて作ったのに」「寝たきりになっ
ても面倒見るのは嫌ですよ」「素材がもったいない、お金と手間がかかっている、全部食してください」
 自分が家族のためを思い手掛けた手料理が通用しないとき、作り手のスタンスは三つある。
 ひとつは「文句を言う」という姿勢。述べた通りで平穏であるはずの食卓に乱気流が発生するか、食べ手の鷹揚さが試される場面が生じる。
 食べ手が食べないのなら素材、味付け、調理過程を創意工夫して「おいしい」といわれるまで何度でも作り直す姿勢もある。家事という枠の中の話ではあるが探究者の道につうじるものがある。もう一つが自分の料理センスに見切りをつけてすっぱりと手料理をやめることである。家事作業は幅広い。掃除洗濯、諸々の整理整頓、買い物、ごみ等の処理、縫物、日常品のメンテナン
ス、子供や老人、ペットの世話、近所とのコミュニケーション等々。万事に精通して得意というのは難しいことで、自分の中で得意と優先順位をつけて家事に処する。これもひとつの姿勢であ
る。
 どうあるべきかという話ではない。もしも家事という仕事をプロ意識でもって取り込んでいたら、相手に「文句をいう」というスタンスは取らないだろうと思うのである。男女の形式的な平等が家庭の中にまで及んできて育児休暇さえ男性が取得する風潮がある。自分も働いているのに夫はろくに家事を手伝わないという不満がよくSNSに投稿されている。家事という仕事が生活の中でどんどんと軽く扱われてお互いの折半で成り立つように位置付けられている印象がある。確かに家事という仕事は簡略化すればどこまでも簡略化できる。「亭主元気で留守がいい」のキャッチコピーは主婦とグウタラ精神があたかも一対であるかのような誤解を生んだが、それでは生活が雑になり一日一日の精神的な潤いが失われてしまうのではなかろうか。
 私には女性が家事に専念することは男女の性的差異からいっても自然なことに思える。「そうあるべき」とは言わないにせよ、世界を見渡して女性が社会で働き男性の圧倒的多数が主夫をし
ている社会というのを寡聞にして私は知らない。それは民主主義的平等性以上に人間的自然に基づいた役割分担が妥当性を持っているからであろう。
 一億総活躍社会なる標語のもとに女性が背中を押されるように社会に進出しているが、家庭の中で家事作業にプロ意識をもって取り組む女性のあり様ももっと評価されてもいいと思える。
 女性と家事労働とプロ意識を三位一体で考えていくことはジェンダー観とは別の自立した女性像に繋がっていく道ではあるまいか。 貧骨 cosmoloop.22k@nifty.com
2020/06/16
路傍のカナリアNo166

苦難の旅路を歩いた人々

 アメリカの先住民はインディアンに間違いない。コロンブスに「発見されてしまった」新大陸でもともと暮らしていた人々である。この発見は、ずいぶんと迷惑な話でわが身に置き換えるとよくわかる。
中国大陸から冒険家の一行が日本列島を発見し、そのあとから次々と異民族が押しかけ、「新天地」 の名目で土地を収奪し、われら日本人が辺境に追いやられれば、これはもう如何ともしがたい民族の悲劇である。  
1830年代といえばアメリカがイギリ スから独立して50年ほどたった頃の話である。  「当時、南部では綿花ブームに乗って耕作地の拡大を求めるプランターたちや、自営農地の獲得や拡張を求める入植者たち、土地投機業者たちが急増していた。彼らはインディアン居住地をその発展の障害とみなし、インディアンの移住を強く要求していた。
さらに、同時期にチェロキーの居住地で金が発見されると人々が殺到した。  
こういう事態になると、なにやかやと理屈をつけてインディアンをその土地から追い出しにかかるのである。第7代大統領ジャクソンは「インディアン強制移住法」を成立させ、みずから追い出しの先頭に立った。
、インディアン部族の 一つチェロキーは、移住時期が冬にかかったこともあり、悲惨な旅路を歩かざるを得なかった。アメリカでは今でも語られる「涙の旅路」である。1600キロ、九州南端から北海道真ん中あたりまでの直線距離である。  
約16,000人のチェロキーは、道中、約束した連邦政府からの支援は届かず、寒さと飢えで4000人が死亡し、 人々はその死体を運んで移動した。ごく普通の想像力を巡らせるだけで、その旅程を実際に経験したインディアンの悲しみとやりきれなさは伝わってくる。彼らは「アメイジング・グレイス」を歌って士気を高めたという。  
スケールは違うにしても、日本でも似たような話がある。網走に近い北海道の常呂郡佐呂間町、オホーツク海に面したサロマ湖より内陸に入ったところに、字(あざ)栃木という地名がある。なぜ栃木かというと、栃木県下都賀郡南部八か町村の足尾銅山鉱毒被害者たちが入植し命名したのである。この人たちは、鉱毒の被害のため故郷で生計が立てられず、この地をいわば国からあてがわれたのである。66戸240余人、 1911年4月7日に栃木県を出発、12日に野付牛(現北見市)に辿り着いた。道中「貨物列車でムシロ敷き」の厳しさであったという。  
がそこから現地までがさらに困難を極める。「途中雪どけ、泥濘、膝を没する程度に及ぶ。  ○○より三里は峠、一方山岳。一方渓谷。危険、困難想像外。融雪中の雪路歩行容易ならず。足跡あやまれば、二尺~三尺の雪中に両脚没し、両股にて止まる状況。天然大木、天空を蔽う。
熊笹5尺〜6尺茂生して大熊の出没を感じさせる。洗顔水、ほとんど凍らんばかりの寒冷。頭髪を洗うも、櫛を入れる時、すでに氷となる。こうして4月21 日、仮小屋に移転した。  
インディアンのチェロキー族も栃木の鉱毒被害者も、移住の地が勿論楽園だったわけではない。むしろ逆で調べればすぐわかることだ。彼らは理不尽な仕打ちへの憤怒を抱き、そして諸々の葛藤すべてを飲み込んで困難な旅路を歩いた。老若男女を問わずだ。そしてかの地に生活を一から作り上げたのだ。  
生き延びるということは、恐らくこう いうことなのだという見本のごとき人々の胆力である。覚えておいていい話である。
引用文献:「 インディアンとカジノ」野口久美子ちくま新書「ジャガイモの世界史」、 伊藤章字中公新書 ※なお○○は本文では具体的地名なのだが難解な漢字なので○○としました。ご理解ください。
貧骨 cosmoloop.22k@nifty.com
2020/06/16
路傍のカナリアNo 165

天からお金が降ってくる

錬金術の魔法は、いつまで続くか

 「えじゃないか」の騒動が江戸の末期にあった。天からお札が降ってくる。これは慶事の前触れだ、という話がひろまるとともに、民衆が仮装などして囃子言葉の「ええじゃないか」等を連呼しながら集団で町々を巡って熱狂的に踊ったという。(ネット記事より)
 今、コロナウィルスの蔓延がもたらした国民の生活危機、経済危機に対応するため、政府はお金をばらまいている。10万円の一律給付、持続給付金、失業保険の上乗せ、無利子無担保の融資。これだけでも大変な支出だと思うが、さらに家賃まで補償してくれるというのだから国民にはありがたい話だ。いやいや、これでもまだ不十分、苦学生にも援助しろという声に政府は検討
すると答えている。
 されどその金はどこから調達されるのか。国の財政に余裕はあるはずがない。1000兆を超える国債借金を抱え込んでいるのがわが日本の実像である。がそんなことはお構いなしに政府は
急場の資金を赤字国債で凌ごうとしている。アベノミクスの7年間の大胆な金融緩和がインフレも円の急落ももたらさなかった以上、さらに100兆程度借金を重ねたところでどうということはない。そう主張する経済学者もいる。
 金はまるで湯水のごとく無限に湧いてくるかのようだ。日銀にしてからが国債買い入れを年間80兆円の枠組みを変更して無制限にすると決定した。もうこれでは歯止めなき国債の乱発であ
る。野田元総理がこれは禁じ手の財政ファイナンスだと指摘したが、その正論ともいうべき懸念に誰も振り向かない。危機という宴の中で国民が熱に浮かされて踊っている。「ええじゃないか、えじゃないか、えじゃないか、赤字国債えじゃないか」。
 今の手当てばかりではない。当然のことながら来年度の税収は落ち込む。法人税も消費税も減収は間違いない。国家の予算編成は更なる赤字国債の積み上げが必至である。国家財政は本当に大丈夫なのか。
 借金はするが、返済はどこまでも先延ばしにして、それでよしとする仕組みは持続可能だろうか。いささか怪しげなMMT経済理論が説くには、インフレにならない限り、中央政府の財政赤字は問題にならない。インフレになったら増税すればいいという。理論通りならば心配は無用かもしれない。それとも制御不能な円相場の急落、長期金利の急上昇が突如としてやってくるのか。言えることは、未知の領域の怖さにひるむ冷静な理性がマヒしているということだ。これほど恐ろしいことはない。
 歴史の教訓は貴重である。イケイケドンドン太平洋戦争の国民の熱狂、80年代末のマネーバブルの熱狂。結末はほとんど焼野原。赤字国債乱発の狂騒の果てに待つものは、何事もなき平和なのか。そんなうまい話が転がっているものだろうか。日銀の地下室で今日も輪転機が回る。「もうどうにもとまらない」(笑)
貧骨 cosmoloop.22k@nifty.com
2020/04/20
路傍のカナリア 164

コロナ渦 立ちすくむ日本中枢

 2020年4月8日,日本で「非常事態宣言」が効力を発揮したまさにその日、中国では77日ぶりに武漢の封鎖が解かれ5 . 5 万人が市外へ出た。「高速鉄道、飛行機などの運行が再開し、高速道路の封鎖も解かれた」どうやら中国はコロナウィルスと五分の戦いには持ち込んだようではある。  2月23日コロナの猛威の最中、習近平は対策会議の席上、この騒動を「建国以来、最も感染が早く、最も範囲が広く、最も予防と制御が難しい公衆衛生事件」と述べている。世界の指導者といわれる人たちの中でこのコメントは秀逸である。「建国以来」が中国5000年の歴史を意味するのか中共立国を指しているのか不明だがこの表現から強烈な危機感が伝わる。後に続く「最も感染が、、、」の文言にも国民を安堵させるような気遣いはなくこの事件がいかに深刻なものであるかを簡潔にまとめてある。
要するに楽観や油断の余地のないような現実認識が根底にあるということだ。そのうえで、本当にその危機感を習とその幹部が共有しその通りに行動したことにある。政治的独裁国家である
ことを割り引いても、コロナ対策の徹底ぶりがそのことを示している。あくまでも「公衆衛生事件」なのである。日本中枢の身構えはどうか。
 それがはっきりしない。中国からの入国制限あたりから全国小中学校一斉休校まではコロナ感染防止が最優先だったものが、休校による補償の世論が盛り上がるとそこからは経済的危機への対策が主になってくる。どの程度の額を国民に配るかという話は4月半ばでも続いている。非常事態宣言の発令をギリギリまで躊躇したのもその経済的打撃への懸念である。発令にあたって安倍は経済は「戦後最大の危機」と述べているのも、そのことを示している。いつのまにか感染防止は二義的な位置づけになってしまったということである。
 4月5日のNHK討論では西村経済再生担当相が「東京都の外出自粛を続けていけば終息できる。これを続けていくことが大事だ」と述べている。世界の感染状況とコロナの感染力を常識で考えればその認識の甘さは驚くべきものである。日本の中枢は感染防止の軸と経済対策の軸の優先度を逆転してしまったと言わざるを得ない。
 都知事の小池が一貫して「都民の命」を守ることを最優先し、ロックダウンに近いところまで厳しく休業要請しているのとは大違いである。社会的混乱、経済恐慌、世論の反発、それらへの懸念の前に思い切った感染防止策を躊躇し立ちすくむように日本中枢はある。
泥縄のように次々と経済政策を打ち出すが正面の敵はいまだ正体不明のウィルスである。ウィルスに立ち向かわなければ国民の命が危ういという当たり前のことが日々変わる状況の中でも一貫していなければ、平たく言えば腹が座っていなければ、欧米以上の惨状をたぶんこの日本でも目の当たりにするであろう。
 ユニクロの柳井は「戦後最大の人類の危機」とコメントし、ビルゲイツは「100年に一度の危機」と発信している。COVID-19 新型ウィルスの日本総攻撃は始まったばかりである。
 真偽不明の情報はあふれ、政治家や評論家、専門家は危機をあおり安心を語るが、コロナ禍を克服するために必要なものは安全で効力のあるワクチンの開発に尽きる。それ以外に方策があるはずがない。だからこそ「公衆衛生事件」なのである。
 戦後平和日本、この危機の中でさえ混在する日本中枢の楽観それが命取りにならないことを祈るばかりである。 貧骨
cosmoloop.22k@nifty.com
2020/03/17
路傍のカナリア 163

終息させるには,みんなが感染した方が早い?

 素人の一文である。そこは承知いただきたい。
 日々というよりも刻一刻と新型肺炎の情報は刷新され、一体全体何が真実で何が虚報なのか、どこに焦点を当てて見ていけば我々は安全な場所にたどり着けるのか分からなくなっている。一日単位でも山のようにこのウィルスについての情報が飛び交い、専門家の判断、見立ても楽観から悲観まで多様である。
 中国武漢封鎖が今年2月23日、そのあたりからこのウィルスは「ひょっとするとひょっとするぞ」と悪い予感がして、ネット記事をできる限り検索してきた。その中でスペイン風邪の経験を解説した古谷経衡「日本はパンデミックをいかに乗り越えたか」が興味深い。
 私なりに要約すると、1918年から19年にかけて日本でもスペイン風邪の猛威に襲われた。当時の人口約5000万人のところ45万人が亡くなったという。
ウィルスの解明に役立つ電子顕微鏡が発明されたのは1930年代のため、特別の対策とて無く事実上無策のままにウィルスに対したという。
 マスクをつけるとか人混みの場所にはいかない程度の予防策は講じたが、それは現在も同じことである。結果どうなったかというと、2 年余り流行して1920年には自然と終息したという。なぜ終息したか。「スペイン風邪を引き起こしたH1N1型ウィルスが日本の隅々まで拡大し、もはやそれ以上に感染が拡大する限界を迎えたからだ。そしてスペイン風邪にかかり、生き残った人々が免疫抗体を獲得したからである」。
 「つまり、スペイン風邪は突然の嵐のように世界と日本を襲い、そして自然に去っていったというのが実際のところなのである」。現在の日本の写し絵のような構図である。
 素人考えではウィルスの流行が終息するのは、ウィルスの感染力が時とともに弱まるからかもしれないと思っていたが、そうではなくその地域の住民がほとんど感染して免疫抗体を獲得してしまうからのようだ。有効なワクチンもなく、治療薬もないのは現状も変わらない。
 それならば中途半端に封じ込めに右往左往するより、感染を放置してどんどん国民が感染してしまえば終息も早まるという理屈も成り立つ。すると重篤者
も当然増えるだろう。
 それでも感染を長引かせたときの重篤者の数と結果としてさほど変わらないのではなかろうか。極論かもしれないが、行動制限、イベント自粛の社会的な制約からくる経済活動停滞の長
期化を考えれば、一つの選択肢ではあるだろう。
 ウィルスに感染しても重篤化しないためには、当面自分の免疫力を高めるしか方法はない。十分な睡眠と栄養をとり、規則正しい生活を行うことである。定時退社、寄り道、夜遊びを慎み、休日も遠出を避け体力の保持と休養に努める。人間的自然に沿った無理のない生活スタイルである。
 しかし普段なら軽視しているその「健全生活」こそが、生き残るための唯一の方策なのである。たぶん人類はそうやってウィルスや疫病を乗り越えてきたのだろう。
 いささか楽観的に書いた。が心中は悲観が半分以上ある。COVID-19が従来のウィルスの範疇に入るものならばワクチンの開発がなくとも、古谷経衡の論説のように、いずれ克服されるだろう。けれどもイタリア、フランス、ドイツ、イランの死者の数の激増を見るとき、このウィルスが全く未知の得体のしれない生命体である可能性は捨てきれない。楽観が油断に繋がりそうな状況であることも肝に銘じておかねばならない。貧骨
cosmoloop.22k@nifty.com
2020/02/13
路傍のカナリア 162
      
まやかしの罪と利と

朝の散歩は日課になっている。真冬でも薄着で出ていくので家人がこれも日課のように「風邪をひくからそれなりの恰好をしろ」とうるさい。うるさいついでに日ごろのうっぷんもまぜこぜになるから、口げんかになる。
「朝の体力のある時に薄着だからこそ耐寒性を強化できる。空中に飛んでいる風邪の菌を吸い込むことで言わばワクチン接種と同様の効果を得ることができる。こういう療法を外気性免疫という。あなたの知識不足だよ」と講釈したらいささか静かになった。嘘である。嘘だが相手を黙させる効果はあった。
ソビエトの時代にはね、交通信号は西側諸国とは逆に「赤」は進めを意味していたのさ。「赤」は止まれ、危険というのは資本主義の深謀遠慮の賜物で、無意識のうちに大衆に共産主義の象徴たる「赤」を危険視するよう仕組んだものだよ。だからソビエトでは、その意図を見抜いて「赤」こそ安全と宣伝するためにも交通信号は逆になっていたというわけ。
ソビエトを訪問した人たちは、最初結構戸惑ったと言っていたね。この話をまじめな口調で話すと、なるほどと納得顔の人が少なからずいる。もちろん嘘である。とはいえ中国で紅衛兵が盛んな頃には実際に立案されたと聞いているから、それなりに説得力はあるわけだ。
雨の日に傘をさして自転車通勤をした時のこと、誰かからそれは交通違反だと指摘された。
「いや、県の条例の附則に午前6時から10時の通勤時に限っては、この規則を適応しないと書かれてある。だからなんの問題もないよ」と答えておいた。ああなるほどね、朝は忙しいからと相手は納得していた。まさか県の条例をいちいち調べる人がいるとも思えない。
「らしい嘘」は「らしい口調」で真顔で話せばたいてい通る。嘘はいくらでも作ることができるが、実害がない、或いは、他に及ばないという一線は守っておいたほうが無難である。
私の嘘は可愛い方である。武田邦彦の「偽善エコロジー」(幻冬舎新書)「エコと健康の情報は間違いがいっぱい」(廣済堂新書)をぱらぱらと読めば、世の中には堂々とまかり通っている嘘が山のようにあるのが分かる。
ダイオキシンは猛毒ではないし、狂牛病は恐ろしくない。石鹸のほうが洗剤より環境にいいのは「まったくの誤解」。家庭のゴミの分別もさほど意味がない。「高血圧は危険だから血圧は下げなくてはならない」の説もかなり疑問。「コレステロールは危険である」というのは間違った情報、等々。「なあんだみんなフェィクじゃん」。
氏はタバコと肺がんの関係についても否定的で「タバコを吸っているから肺がんになる」とは言えないと断言している。(興味のある人は一読を)
こうなるといったい何が本当で何が嘘なのか、地球温暖化にしても温暖化していないという学者もいる。けれどもこの社会的に認知されたイデオロギーの不確かさこそがまやかしの利であって、信じることの危うさ、自分の頭で考える大切さを暗に示している。
連日のように報道されている新型肺炎ウィルスにしたところで、専門家の説も群盲像をなでるのごときだが、その言わばいい加減さが貴重なので、結局事実だけを丹念に見つめていたほうがはるかに真実に近づくという命題の重みがわれわれに迫ってくるのである。     貧骨
2020/01/17
路傍のカナリア 161

野暮な話

“昔付き合っていた彼女がいまどうしているか気になってしかたがないからお前ちょっと見てきてくれないか。  幸せだったらそれでいい、黙って帰ってきてくれ”ペトロ&カプリシャスの「五番街のマリー」はそんな男の気持ちを表した昭和のヒット曲で、洗練された詞と曲が印象的である。作詞は阿久悠 作曲は都倉俊一。
 
一節を引いてみる
五番街へ行ったならばマリーの家へ行き、どんな暮らししているのか 見て来てほしい。五番街は古い町で昔からの人がきっと住んでいると思う たずねてほしいマリーという娘と遠い昔に暮らし、悲しい思いをさせた。それだけが気がかり(略)。もしも嫁に行って今がとてもしあわせなら 、寄らずにほしい。
後日談では、本当に自分が訪ねて行ったらどうなのでしょう、いや訪ねていきたい、ひょっとしたら撚りを少しは戻せるかもしれない。男だったら誰もが思いをめぐらす問いに、当の阿久悠は「そういうのを野暮というんだ」と突き放している。なるほど野暮ねえ、野暮という言葉はこういう風に使うのかと感心したことを覚えている。今ではこの言葉は映画「男はつらいよ」の中か、古典落語の中でしか聞かないが、言われてみてどこか人を諭すような柔らかみのある響きがある。「お前、野暮だねえ」と言われれば直截的には気が利かない奴だくらいの意味だろうが、その婉曲感が人の感情をまるく包みこむのである。
日本人のヅケヅケいわない国民性がはぐくんだ言葉の一つだともいえる。
ヅケヅケといえば、12月に掲載された日経新聞の「私の履歴書」の中に「正論は人を傷つける」という一文があった。筆者である澤部肇(元TDK会長)氏の若気をたしなめた上司の言葉である。君の主張は正論には違いないが正義が見えている分相手の心が見えていないのではないか。それでは相手は傷つきますよと諭しているのである。
「野暮」と同じで主張はいくらか真綿でくるんだほうが良いという忠告だが、人を傷つけるというところに情に通じた温かみのある姿勢が見えている。
けれども世の中にはズバリといわないと埒が明かないこともある。理不尽なこと、筋が通らないことに柔らかく返しているとつけあがる輩が結構いるのである。セクハラ、パワハラ、いやがらせ、権力や権威をかさにして、立場の弱いものを不当に扱う輩もいれば、現場の変化も知らずに机上の知識を振り回す評論家もいる。あるいは零細な小売りなど眼中にないがごとき大手メーカーの居丈高な所業もある。黙していることは、“一寸の虫の意地”を自ら放棄することである。研ぎ澄まされた刃物のような切れ味の一言で相手の肺腑をえぐることも、それはそれで小さなものが生き抜いていくための知恵なのである。
年があらたまって軽やかな話にするつもりが、終いは剣呑な話になった。
野暮な奴が野暮なコラムを書いたものだ。背後の声に振り返るとそこにもう一人の自分が立っていた。貧骨
2019/12/16
路傍のカナリア 160

高齢者は選挙権を返上したほうがいい

街を歩いているとSCの広場のところで高齢と思しき人たちがビラを配っている。おおきな横断幕が掲げてあって「政府はこれ以上年金給付を下げるな」と書いてある。高齢化が加速し老人が溢れている以上年金にしても介護や医療にかかる費用にしても制度自体に無理が生じているのは誰が考えてもわかる話である。自己主張ばかり強いのもどうかと思う。高齢者というのは行政にしても民間にしても生活していく上での配慮やサービスがなされている。交通機関、公共機関の割引や高齢者のための優待カードなどさまざまにある。身ぎれいにしている高齢者たちのビラを受け取りながらいったいこの人たちの言う困窮とは何なのだろうかと思う。衣食満ち足りて年金の不足を知るということだろうか
鴎外は小説「高瀬舟」で「足るを知る」ことの意義を説き、深沢七郎は「楢山節考」で老人の深い諦念を描いたが、足らざるを知り物欲への執念にとらわれているのが現在の高齢者の姿かもしれない。
高齢者自らが「年金はもっと下げてもらっていい、その代わり浮いた財源を学生さんの奨学金に充当してもらいたい」と言い出さないかと思うがそういう話は聞かない。学費の負担に耐え切れずに中途退学を余儀なくされたり、アルバイトの掛け持ちで勉学がおろそかになったり、社会に出るときには数百万の借金を背負う若い人たちの現状は見るに忍びないものがある。有能な若者が借財でつぶれていくのはこの国が貧しいということと同義である。非正規労働者にしてもシングルマザーにしても同じことである。
世代間格差の修正というような堅苦しい話ではない。高齢者が自ら選挙権を返上して政治的発信という点でそろそろ隠居したらどうですかねという問題提起である。さすればおのずと政治の力点は現役世代に移る。選挙による投票発言権の圧迫がなくなれば政治家はいやでも現役世代に配慮した政策を立案するであろう。
もちろん今の高齢者は隠居などとは無縁なほど元気である。我々こそ現役世代だというかもしれない。積み上げてきた知恵と経験の幅を考えれば、一理はあるが、二理はない。俺が俺がの自信過剰が歩行者を跳ね飛ばし、店舗に車ごと突っ込み、高速道路を逆走する。横から見てればやっぱり危なっかしいのである。政治的判断も同じこと。「年寄りの冷や水」。
家督相続という言葉がある。代替わりという言い方もあるが、じいさんがいつまでも家の実権を握って自分の裁量のままにふるまっていては次世代の人々は閉塞感だけが蓄積されるだけだ。平成天皇の退位の決断は立派なものだ。令和天皇への舞台回しを演出しひらりと上皇へ飛翔してしまった。下賤な言い方にはなるが天皇という既得権を速やかに手放したのだ。若い世代に政治の主導権が移れば、少子高齢化の加速度的進行にもかかわらず新しい政策的地平が開かれるかもしれない。それが結果として高齢者福祉の削減につながるならそれはそれとして受け入れればいい。
「老いては子に従え」という。死語のような格言だが、全く新しいデジタル時代を目の当たりにするとこの格言は今でも真実をついていると思えるのである。

師走半ば、クリスマス商戦の足音さえ聞こえない現在ですが、ジュエリーパワーで明るい一年を迎えましょう。 皆様のご健康をお祈り申し上げます。よいお年を。 貧骨
2019/11/20
路傍のカナリア 159

台風19号 逃避行の顛末

雨脚が一段と強くなってエリアメールに避難勧告が頻繁に入ってきたが、たいしたことはないとタカをくくっていた。生まれてこのかた一度たりとも氾濫したことのない川なのである。行政などは何事もいささか大げさに報じて、所詮責任逃れの方便にするつもりだろうと悪推測をして家の中で寝転んでいた。
初老の夫婦と犬一匹、逃げる気になれば何とかなるものだ、というのが本音の部分。「危なくなったら駅近くのビジネスホテルに一晩厄介になればいい」などと軽口を叩いていたが、揺らいだのは、上流のダムが流れ込む水量の増加のため一時間後に緊急放流するというメール。嫌な予感、不安感が急上昇。台風の本番はこれからなのに緊急放流かい。ダムの「緊急放流」。ため込んだ満杯の水を一気に下流に放流するという想像が頭を駆け巡る(実際は違うらしいが)。ここに台風直撃が重なるとこりゃちょっとやばいかな。猶予一時間が焦りを誘う、とりあえずホテルへ電話。「満杯です。お部屋はありません」。後手を踏んだか、どうするか、午後4時薄暮、躊躇しているうちに暗くなったらもっと怖い。ビジネスホテルに次々と電話。家人も協力しているが、もう手が震えていて番号が押せない。ようやく隣町のホテルに空き室ありの返事。19000円、一瞬迷ったが、確保。犬だけ一階から二階へ移動させて取るものもとりあえず避難。タクシーを呼ぼうと思ったが考えてみれば、この台風の中来ないだろうということで結局自分の車を使うことに。走らせてみれば激しい雨と薄暗い夕方。普段の雨の日とは全く違う状況がまず想定外、道路の冠水のリスクもあれば、ワイパーもろくに役に立たないほどの視界不良。道行はある程度は分かるものの隣町に入ればやはりどこかで道を間違える危険もある。ともかく台風の中、車の運転自体が問題なのだが、ではどうすると言っても他に手立てのあるはずもない。後から聞けば自宅近くの避難所はすでに満杯だったのこと。ホテル指定の駐車場からホテルまで風雨激しく傘もさせずにずぶ濡れになりながらようやくたどり着いて、一息入れた。やれやれ。
テレビをつけるとあちこちの河川が氾濫したり、その寸前まで水位が上昇している映像が入ってくる。とエリアメールで緊急放流が延期になったとのこと。なんだと思うが、状況は刻々と変化しているのだろう。台風は伊豆半島に上陸の報。直撃通過は夜9時ごろだという。雨風ともに弱まったが一時の事だろうと思いコンビニで弁当を買って腹ごしらえ。クライマックスはどんなことになるのやら、家の事も気に掛けながら外を眺めていたが、一向に雨も風も強まらない。そのまま一晩が過ぎた。予測よりも台風は北にそれた。今回の台風の進路は日本だけでなく、フィリピンでも台湾でも予測していて、同じ予想進路だったと聞いていたが、それは海上でのことで上陸をすると地上との兼ね合いで、そう正確にはいかないのだろう。進路予測が正確になればなるほど、逆目が出た時の混乱は大きくなる。千曲川の氾濫惨事も予想進路を過信したが故のことかもしれないとも思う。
眠れない夜を過ごして、自宅へ戻る。我が家の愛犬は元気。家も無事。これなら自宅でジッとしたほうが良かったか。それは結果論。
教訓はなんだろうか。垂直避難という言葉がある。二階へ逃げる。屋根上に逃げる。でもその先はない。「早めに遠くに逃げる」これが正解で難しいのだ。とりわけ「早め」が難しい。その難しさを体験したことが教訓という事だろう。    貧骨
2019/10/16
路傍のカナリア 158

防犯監視カメラの世界は健全か  

「逃亡者」の視点から

「日本の刑法犯認知数は戦後最悪だった2002年の約285万件から急速に改善し、2015年には110万件を下回って42年ぶりに戦後最少記録を更新した。その要因は、防犯カメラの普及にあると言われている」(賀来泉社会を変える防犯カメラより)。
防犯カメラの威力は絶大である。最近も都内で犯罪を起こした容疑者が逃亡の末湘南のホテルで逮捕されたが、それは防犯カメラの追跡の結果、宿泊のホテルまで特定された為である。通り魔やひったくりの類の犯罪は、少し前までは犯人の特定や検挙にかなりの労力を要し、それでもなかなか捕まりにくかったことを思えば防犯カメラは治安の維持に役立っていることは言うまでもない。
江戸の夜にうごめく盗賊どもを長谷川平蔵が一網打尽にしたごとく、令和の平蔵ともいうべき防犯カメラの監視の目はすこぶる優秀である。
けれどもこの防犯カメラについていささかなりとも知ろうとすると事は容易ではない。日本全国でどの程度の数が設置され、首都圏を含め大都市圏内と地方ではカメラの設置密集度はどの程度なのか、カメラに映し出されたデータはいつまで保存されているのか、だれが管理しているのか、警察を含めた治安当局はカメラの設置、データの収集に直接関与しているのか、市町村,JRなどの行政や公共機関による設置はどの程度広がっているのか、カメラ自体の性能は初発よりもどの程度向上してきているのか、最新のバージョンはどれ程のことが成し得るのか、思いついただけでも知りたい事は多くあれど、情報としては多分開示されていないであろう。誰に聞いていいかも分からない。いや仮に私が自分の街の防犯カメラについてでも知ろうと市役所や警察に問い合わせればそれだけで不審者扱いをされかねない。つまり防犯カメラは、その情報が秘されていることで威力を発揮するものだから、関係者以外には明らかにならないように仕組まれているということである。この在り様は、ある意味とても怖いことでカメラの仕様が加速度的に高度化すればするほど我々は気付かないうちに格段と、そして徹底して管理されてしまっていることになりかねない。いやもうそうなっているのだろうが管理の巧妙さが圧迫感を感じさせないのである。
だからもし自分が何かのいきさつで追われる身になった時にはどうすればカメラの監視を振り切れるだろうか。電車と地下鉄をランダムに利用してもおそらく行動軌跡は把握されてしまうはずだ。
山の中のキャンプ場で女児が行方不明なった事件(事故)の捜索状況から考えればあの辺りにはカメラが設置されていないことは分かる。事件から防犯カメラの在り様を事前に判断しておくことだ。そのうえで逃亡するならともかく、山中に潜り込み日を置いて登山者に紛れて下山するのが現在の時点では一つの方法かもしれない。
かくほどに優秀であればあるほど防犯カメラが政治的に利用されるリスクも大きい。戦前の治安維持法は目に見える直接的、強圧的な政治的弾圧の手法であったが、現在では権力がその気になればいくらでもカメラを使った治安維持が可能なのである。誤解のないように付け加えておくが、自民党政権がという意味ではない。どの政権になろうとも権力を握ったものはという意味である。主権者である国民が防犯監視カメラによって日々安全な生活を営むことが出来ることはありがたいことだが、そのカメラの情報が開示されて国民がカメラの運用を監視できなければ、空恐ろしい社会が現れることも心しておかねばならない。貧骨
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