路傍のカナリア

2020/02/13
路傍のカナリア 162
      
まやかしの罪と利と

朝の散歩は日課になっている。真冬でも薄着で出ていくので家人がこれも日課のように「風邪をひくからそれなりの恰好をしろ」とうるさい。うるさいついでに日ごろのうっぷんもまぜこぜになるから、口げんかになる。
「朝の体力のある時に薄着だからこそ耐寒性を強化できる。空中に飛んでいる風邪の菌を吸い込むことで言わばワクチン接種と同様の効果を得ることができる。こういう療法を外気性免疫という。あなたの知識不足だよ」と講釈したらいささか静かになった。嘘である。嘘だが相手を黙させる効果はあった。
ソビエトの時代にはね、交通信号は西側諸国とは逆に「赤」は進めを意味していたのさ。「赤」は止まれ、危険というのは資本主義の深謀遠慮の賜物で、無意識のうちに大衆に共産主義の象徴たる「赤」を危険視するよう仕組んだものだよ。だからソビエトでは、その意図を見抜いて「赤」こそ安全と宣伝するためにも交通信号は逆になっていたというわけ。
ソビエトを訪問した人たちは、最初結構戸惑ったと言っていたね。この話をまじめな口調で話すと、なるほどと納得顔の人が少なからずいる。もちろん嘘である。とはいえ中国で紅衛兵が盛んな頃には実際に立案されたと聞いているから、それなりに説得力はあるわけだ。
雨の日に傘をさして自転車通勤をした時のこと、誰かからそれは交通違反だと指摘された。
「いや、県の条例の附則に午前6時から10時の通勤時に限っては、この規則を適応しないと書かれてある。だからなんの問題もないよ」と答えておいた。ああなるほどね、朝は忙しいからと相手は納得していた。まさか県の条例をいちいち調べる人がいるとも思えない。
「らしい嘘」は「らしい口調」で真顔で話せばたいてい通る。嘘はいくらでも作ることができるが、実害がない、或いは、他に及ばないという一線は守っておいたほうが無難である。
私の嘘は可愛い方である。武田邦彦の「偽善エコロジー」(幻冬舎新書)「エコと健康の情報は間違いがいっぱい」(廣済堂新書)をぱらぱらと読めば、世の中には堂々とまかり通っている嘘が山のようにあるのが分かる。
ダイオキシンは猛毒ではないし、狂牛病は恐ろしくない。石鹸のほうが洗剤より環境にいいのは「まったくの誤解」。家庭のゴミの分別もさほど意味がない。「高血圧は危険だから血圧は下げなくてはならない」の説もかなり疑問。「コレステロールは危険である」というのは間違った情報、等々。「なあんだみんなフェィクじゃん」。
氏はタバコと肺がんの関係についても否定的で「タバコを吸っているから肺がんになる」とは言えないと断言している。(興味のある人は一読を)
こうなるといったい何が本当で何が嘘なのか、地球温暖化にしても温暖化していないという学者もいる。けれどもこの社会的に認知されたイデオロギーの不確かさこそがまやかしの利であって、信じることの危うさ、自分の頭で考える大切さを暗に示している。
連日のように報道されている新型肺炎ウィルスにしたところで、専門家の説も群盲像をなでるのごときだが、その言わばいい加減さが貴重なので、結局事実だけを丹念に見つめていたほうがはるかに真実に近づくという命題の重みがわれわれに迫ってくるのである。     貧骨
2020/01/17
路傍のカナリア 161

野暮な話

“昔付き合っていた彼女がいまどうしているか気になってしかたがないからお前ちょっと見てきてくれないか。  幸せだったらそれでいい、黙って帰ってきてくれ”ペトロ&カプリシャスの「五番街のマリー」はそんな男の気持ちを表した昭和のヒット曲で、洗練された詞と曲が印象的である。作詞は阿久悠 作曲は都倉俊一。
 
一節を引いてみる
五番街へ行ったならばマリーの家へ行き、どんな暮らししているのか 見て来てほしい。五番街は古い町で昔からの人がきっと住んでいると思う たずねてほしいマリーという娘と遠い昔に暮らし、悲しい思いをさせた。それだけが気がかり(略)。もしも嫁に行って今がとてもしあわせなら 、寄らずにほしい。
後日談では、本当に自分が訪ねて行ったらどうなのでしょう、いや訪ねていきたい、ひょっとしたら撚りを少しは戻せるかもしれない。男だったら誰もが思いをめぐらす問いに、当の阿久悠は「そういうのを野暮というんだ」と突き放している。なるほど野暮ねえ、野暮という言葉はこういう風に使うのかと感心したことを覚えている。今ではこの言葉は映画「男はつらいよ」の中か、古典落語の中でしか聞かないが、言われてみてどこか人を諭すような柔らかみのある響きがある。「お前、野暮だねえ」と言われれば直截的には気が利かない奴だくらいの意味だろうが、その婉曲感が人の感情をまるく包みこむのである。
日本人のヅケヅケいわない国民性がはぐくんだ言葉の一つだともいえる。
ヅケヅケといえば、12月に掲載された日経新聞の「私の履歴書」の中に「正論は人を傷つける」という一文があった。筆者である澤部肇(元TDK会長)氏の若気をたしなめた上司の言葉である。君の主張は正論には違いないが正義が見えている分相手の心が見えていないのではないか。それでは相手は傷つきますよと諭しているのである。
「野暮」と同じで主張はいくらか真綿でくるんだほうが良いという忠告だが、人を傷つけるというところに情に通じた温かみのある姿勢が見えている。
けれども世の中にはズバリといわないと埒が明かないこともある。理不尽なこと、筋が通らないことに柔らかく返しているとつけあがる輩が結構いるのである。セクハラ、パワハラ、いやがらせ、権力や権威をかさにして、立場の弱いものを不当に扱う輩もいれば、現場の変化も知らずに机上の知識を振り回す評論家もいる。あるいは零細な小売りなど眼中にないがごとき大手メーカーの居丈高な所業もある。黙していることは、“一寸の虫の意地”を自ら放棄することである。研ぎ澄まされた刃物のような切れ味の一言で相手の肺腑をえぐることも、それはそれで小さなものが生き抜いていくための知恵なのである。
年があらたまって軽やかな話にするつもりが、終いは剣呑な話になった。
野暮な奴が野暮なコラムを書いたものだ。背後の声に振り返るとそこにもう一人の自分が立っていた。貧骨
2019/12/16
路傍のカナリア 160

高齢者は選挙権を返上したほうがいい

街を歩いているとSCの広場のところで高齢と思しき人たちがビラを配っている。おおきな横断幕が掲げてあって「政府はこれ以上年金給付を下げるな」と書いてある。高齢化が加速し老人が溢れている以上年金にしても介護や医療にかかる費用にしても制度自体に無理が生じているのは誰が考えてもわかる話である。自己主張ばかり強いのもどうかと思う。高齢者というのは行政にしても民間にしても生活していく上での配慮やサービスがなされている。交通機関、公共機関の割引や高齢者のための優待カードなどさまざまにある。身ぎれいにしている高齢者たちのビラを受け取りながらいったいこの人たちの言う困窮とは何なのだろうかと思う。衣食満ち足りて年金の不足を知るということだろうか
鴎外は小説「高瀬舟」で「足るを知る」ことの意義を説き、深沢七郎は「楢山節考」で老人の深い諦念を描いたが、足らざるを知り物欲への執念にとらわれているのが現在の高齢者の姿かもしれない。
高齢者自らが「年金はもっと下げてもらっていい、その代わり浮いた財源を学生さんの奨学金に充当してもらいたい」と言い出さないかと思うがそういう話は聞かない。学費の負担に耐え切れずに中途退学を余儀なくされたり、アルバイトの掛け持ちで勉学がおろそかになったり、社会に出るときには数百万の借金を背負う若い人たちの現状は見るに忍びないものがある。有能な若者が借財でつぶれていくのはこの国が貧しいということと同義である。非正規労働者にしてもシングルマザーにしても同じことである。
世代間格差の修正というような堅苦しい話ではない。高齢者が自ら選挙権を返上して政治的発信という点でそろそろ隠居したらどうですかねという問題提起である。さすればおのずと政治の力点は現役世代に移る。選挙による投票発言権の圧迫がなくなれば政治家はいやでも現役世代に配慮した政策を立案するであろう。
もちろん今の高齢者は隠居などとは無縁なほど元気である。我々こそ現役世代だというかもしれない。積み上げてきた知恵と経験の幅を考えれば、一理はあるが、二理はない。俺が俺がの自信過剰が歩行者を跳ね飛ばし、店舗に車ごと突っ込み、高速道路を逆走する。横から見てればやっぱり危なっかしいのである。政治的判断も同じこと。「年寄りの冷や水」。
家督相続という言葉がある。代替わりという言い方もあるが、じいさんがいつまでも家の実権を握って自分の裁量のままにふるまっていては次世代の人々は閉塞感だけが蓄積されるだけだ。平成天皇の退位の決断は立派なものだ。令和天皇への舞台回しを演出しひらりと上皇へ飛翔してしまった。下賤な言い方にはなるが天皇という既得権を速やかに手放したのだ。若い世代に政治の主導権が移れば、少子高齢化の加速度的進行にもかかわらず新しい政策的地平が開かれるかもしれない。それが結果として高齢者福祉の削減につながるならそれはそれとして受け入れればいい。
「老いては子に従え」という。死語のような格言だが、全く新しいデジタル時代を目の当たりにするとこの格言は今でも真実をついていると思えるのである。

師走半ば、クリスマス商戦の足音さえ聞こえない現在ですが、ジュエリーパワーで明るい一年を迎えましょう。 皆様のご健康をお祈り申し上げます。よいお年を。 貧骨
2019/11/20
路傍のカナリア 159

台風19号 逃避行の顛末

雨脚が一段と強くなってエリアメールに避難勧告が頻繁に入ってきたが、たいしたことはないとタカをくくっていた。生まれてこのかた一度たりとも氾濫したことのない川なのである。行政などは何事もいささか大げさに報じて、所詮責任逃れの方便にするつもりだろうと悪推測をして家の中で寝転んでいた。
初老の夫婦と犬一匹、逃げる気になれば何とかなるものだ、というのが本音の部分。「危なくなったら駅近くのビジネスホテルに一晩厄介になればいい」などと軽口を叩いていたが、揺らいだのは、上流のダムが流れ込む水量の増加のため一時間後に緊急放流するというメール。嫌な予感、不安感が急上昇。台風の本番はこれからなのに緊急放流かい。ダムの「緊急放流」。ため込んだ満杯の水を一気に下流に放流するという想像が頭を駆け巡る(実際は違うらしいが)。ここに台風直撃が重なるとこりゃちょっとやばいかな。猶予一時間が焦りを誘う、とりあえずホテルへ電話。「満杯です。お部屋はありません」。後手を踏んだか、どうするか、午後4時薄暮、躊躇しているうちに暗くなったらもっと怖い。ビジネスホテルに次々と電話。家人も協力しているが、もう手が震えていて番号が押せない。ようやく隣町のホテルに空き室ありの返事。19000円、一瞬迷ったが、確保。犬だけ一階から二階へ移動させて取るものもとりあえず避難。タクシーを呼ぼうと思ったが考えてみれば、この台風の中来ないだろうということで結局自分の車を使うことに。走らせてみれば激しい雨と薄暗い夕方。普段の雨の日とは全く違う状況がまず想定外、道路の冠水のリスクもあれば、ワイパーもろくに役に立たないほどの視界不良。道行はある程度は分かるものの隣町に入ればやはりどこかで道を間違える危険もある。ともかく台風の中、車の運転自体が問題なのだが、ではどうすると言っても他に手立てのあるはずもない。後から聞けば自宅近くの避難所はすでに満杯だったのこと。ホテル指定の駐車場からホテルまで風雨激しく傘もさせずにずぶ濡れになりながらようやくたどり着いて、一息入れた。やれやれ。
テレビをつけるとあちこちの河川が氾濫したり、その寸前まで水位が上昇している映像が入ってくる。とエリアメールで緊急放流が延期になったとのこと。なんだと思うが、状況は刻々と変化しているのだろう。台風は伊豆半島に上陸の報。直撃通過は夜9時ごろだという。雨風ともに弱まったが一時の事だろうと思いコンビニで弁当を買って腹ごしらえ。クライマックスはどんなことになるのやら、家の事も気に掛けながら外を眺めていたが、一向に雨も風も強まらない。そのまま一晩が過ぎた。予測よりも台風は北にそれた。今回の台風の進路は日本だけでなく、フィリピンでも台湾でも予測していて、同じ予想進路だったと聞いていたが、それは海上でのことで上陸をすると地上との兼ね合いで、そう正確にはいかないのだろう。進路予測が正確になればなるほど、逆目が出た時の混乱は大きくなる。千曲川の氾濫惨事も予想進路を過信したが故のことかもしれないとも思う。
眠れない夜を過ごして、自宅へ戻る。我が家の愛犬は元気。家も無事。これなら自宅でジッとしたほうが良かったか。それは結果論。
教訓はなんだろうか。垂直避難という言葉がある。二階へ逃げる。屋根上に逃げる。でもその先はない。「早めに遠くに逃げる」これが正解で難しいのだ。とりわけ「早め」が難しい。その難しさを体験したことが教訓という事だろう。    貧骨
2019/10/16
路傍のカナリア 158

防犯監視カメラの世界は健全か  

「逃亡者」の視点から

「日本の刑法犯認知数は戦後最悪だった2002年の約285万件から急速に改善し、2015年には110万件を下回って42年ぶりに戦後最少記録を更新した。その要因は、防犯カメラの普及にあると言われている」(賀来泉社会を変える防犯カメラより)。
防犯カメラの威力は絶大である。最近も都内で犯罪を起こした容疑者が逃亡の末湘南のホテルで逮捕されたが、それは防犯カメラの追跡の結果、宿泊のホテルまで特定された為である。通り魔やひったくりの類の犯罪は、少し前までは犯人の特定や検挙にかなりの労力を要し、それでもなかなか捕まりにくかったことを思えば防犯カメラは治安の維持に役立っていることは言うまでもない。
江戸の夜にうごめく盗賊どもを長谷川平蔵が一網打尽にしたごとく、令和の平蔵ともいうべき防犯カメラの監視の目はすこぶる優秀である。
けれどもこの防犯カメラについていささかなりとも知ろうとすると事は容易ではない。日本全国でどの程度の数が設置され、首都圏を含め大都市圏内と地方ではカメラの設置密集度はどの程度なのか、カメラに映し出されたデータはいつまで保存されているのか、だれが管理しているのか、警察を含めた治安当局はカメラの設置、データの収集に直接関与しているのか、市町村,JRなどの行政や公共機関による設置はどの程度広がっているのか、カメラ自体の性能は初発よりもどの程度向上してきているのか、最新のバージョンはどれ程のことが成し得るのか、思いついただけでも知りたい事は多くあれど、情報としては多分開示されていないであろう。誰に聞いていいかも分からない。いや仮に私が自分の街の防犯カメラについてでも知ろうと市役所や警察に問い合わせればそれだけで不審者扱いをされかねない。つまり防犯カメラは、その情報が秘されていることで威力を発揮するものだから、関係者以外には明らかにならないように仕組まれているということである。この在り様は、ある意味とても怖いことでカメラの仕様が加速度的に高度化すればするほど我々は気付かないうちに格段と、そして徹底して管理されてしまっていることになりかねない。いやもうそうなっているのだろうが管理の巧妙さが圧迫感を感じさせないのである。
だからもし自分が何かのいきさつで追われる身になった時にはどうすればカメラの監視を振り切れるだろうか。電車と地下鉄をランダムに利用してもおそらく行動軌跡は把握されてしまうはずだ。
山の中のキャンプ場で女児が行方不明なった事件(事故)の捜索状況から考えればあの辺りにはカメラが設置されていないことは分かる。事件から防犯カメラの在り様を事前に判断しておくことだ。そのうえで逃亡するならともかく、山中に潜り込み日を置いて登山者に紛れて下山するのが現在の時点では一つの方法かもしれない。
かくほどに優秀であればあるほど防犯カメラが政治的に利用されるリスクも大きい。戦前の治安維持法は目に見える直接的、強圧的な政治的弾圧の手法であったが、現在では権力がその気になればいくらでもカメラを使った治安維持が可能なのである。誤解のないように付け加えておくが、自民党政権がという意味ではない。どの政権になろうとも権力を握ったものはという意味である。主権者である国民が防犯監視カメラによって日々安全な生活を営むことが出来ることはありがたいことだが、そのカメラの情報が開示されて国民がカメラの運用を監視できなければ、空恐ろしい社会が現れることも心しておかねばならない。貧骨
2019/09/25
路傍のカナリア 157

日韓対立 
ニュースの奥行 

感情が勝ると物事というのは歪んで理解されるものであるが、双方の言い分のへだたりが大きければ大きいほど、その渦の中に入り込むと視野狭窄の果てに怒鳴りあい罵り合いに終始してしまうものである。けれども物事の奥行ということを考えてみれば、目の前の事案も違った相を見せるものではないだろうか
日本と韓国が戦時中の徴用工の賠償金支払いを巡って対立し、お互いの報復合戦も熱を帯び、遂には両国の安全保障まで危うくなりそうな気配である。韓国では「反日」のムードが盛り上がっていて、日本製品の不買運動も起きている。報道されているというか報道が作り上げているイメージというのは、この反日抗議デモは韓国全土に広がっているように見えるが本当のところはよくわからない。局部を全部のように見せて面白おかしく対立を煽るメディアマジックかもしれない。我々は日本に住んでいるから、日本ではさほど反韓抗議の運動が熱を帯びていないことは明らかである。どちらかというと日本の国民は醒めていて「ああまたか、また韓国が戦争責任、賠償問題」を言い出した程度の受け止め方である。韓国の反日への激しさは、1910年の日韓併合条約に端を発した日本の植民地支配への韓国側の恨みつらみが根っこにあることは間違いない訳で、比較的友好な状態が両国民に訪れてもちょっとしたきっかけですぐ反日が盛り上がってしまうのである。下世話に言えば殴った側は忘れても殴られた側はその痛みを忘れないという事であろう。だから今後もこの関係性はさほど変わらないだろうけれども、いつも思うことだが日本の韓国に対する植民地支配は他の欧米諸国の支配に比べて段違いに過酷なものだったのだろうか。何とはなしに加害者意識のためかいかにも日本人だけが非道な事をしたように思い込まされているが、そのあたりが常に曖昧で解説されていない。たとえばイギリスもインドをほぼ100年にわたって植民地として支配していたけれども、今なおインド人がイギリスに激しい感情を抱いているという話を聞かない。むしろ現在ではイギリスには好意的な印象を抱いている国民が多いと言われている。といってイギリスがインドに紳士的だったわけではない
インドの繊維産業はイギリスによって壊滅的打撃をうけ、白骨街道と言い伝えられるほどの収奪が行われたことは歴史的な事実である。
またイギリス人のインド人への差別、虐待も日常茶飯であつた。{インドでは道路の中央の平らなところは支配者の通るところであり、インド人は道の端の凹凸のあるところを通らねばならず、もし真ん中を通ると、足蹴にされるなど言語道断な暴行を受けた。
汽車ではインド人は英人と同じ車室に同席できなかった。さらに一般の英国人はよくインド人を射殺した。かれらは裁判にかけられたが、狐と間違えて撃ったという咎人で罰金刑に処せられただけだったという。オランダのインドネシアに対する植民地支配の実情も似たり寄ったりで、植民地の支配被支配関係というものは、当時はどこでもそんなものだったのだろう。
是非の話をすれば非難されて当然だが、英国もオランダも日本のように事あるごとに謝罪を表明しているわけではないし、当該国から謝罪要求をされているとも思えない。
日韓の対立を不毛にしているのは世界史を顧みて、植民地経営にはいかなる形があり、欧米各国が他国をどのように管理運営していたのか、という奥行きのある視点が無いことである。
この視点から改めて日本の韓国支配の在り様を見てみれば、非道なこともあったが、そればかりではないだろうから、今少し冷静な議論が出来るのではあるまいか。(引用文献:岡崎久彦「重光・東郷とその時代」) 貧骨

2019/08/26
路傍のカナリア  156
 
「夏のフェイクニュース」

夏は暑いに決まっている。いつから暑いかと言えばもちろんここ最近の事ではない。さかのぼれば源氏物語か枕草紙かいや1万年前の縄文時代からさほど変わらず暑いのである。急に暑くなったわけではない。地球の地軸が23.5度傾いているのは変わらないし日本列島の緯度だって変わっていないのだから当たり前の話である。地球の46億年の歴史から見れば1万年なんてものは、ほんとにたかだか1万年なのだ。瞬きするくらいの時間なのだ。
変わりようがない。日本人はこの列島で夏の暑さと付き合いつつ過ごしてきたのだ。

引っ越したので家にクーラーが付いていない。このままひと夏を越えようとしたら家人が家の中にいても夜寝ていても熱中症になるかもしれないからクーラーをつけた方がいいという。
確かにそういう報道があることは承知しているが、そんなものは嘘だからこのままでいいと一悶着あつた。それではサハラ砂漠を遊牧しているベトウィン族はみんな熱中症に罹っているのか、それともクーラー担いで移動しているのかそんなことはないだろう。
赤道直下ボルネオやニューギニアのジャングルで暮らしている住民が熱中症で死に絶えたという話も聞かない。寝苦しい夜は、自然の風と強いて挙げれば扇風機で十分。日本人はそうやって夏と付き合ってきたと話してもラチが明かない。新聞には一面見出しに「熱中症で一週間に600人ほどが亡くなった」と書いてある、知り合いの奥さんだって「クーラーつけなきゃばてちゃいますよ」って言われたなど同調圧力弱者そのもののようにグチグチのたまう。そういうのをフェイクニュースという。600人、日本人1億2千万のうちの600人だ。考えてみろ。息も絶え絶え寿命期限切れ間近の高齢者がちょっとした気温の変化に付いていけないで最後の一押しを熱中症と言っているかもしれないだろう。働き盛りのぴんぴんしているおっさんが朝になったら熱中症で亡くなるわけがない。
持病があったり、虚弱体質なら別だろうが。メディアと役人と政治家のいう事はまずは疑ってかかるのがあの敗戦から学んだ教訓ではないのか。自分の頭をよくよく回して見ろ。どんな理屈をこねても心頭滅却しても暑いものは暑い。お寺さんだって檀家が集まればクーラーをつける。今の常識に従っているだけ。いやいやその常識がおかしい、というわけで平行線は交わらないの公理のごとく私の部屋だけクーラー抜きになった。

夏は暑い。冬は寒い。その暑さ寒さに適応しながらわれら日本人は命をつないできた。1万年もの長きにわたってだ。その肉体の記憶は現在を生きる自分たちにも当然ながら受け継がれている。少々のことではビクともするはずがない。真夏と言っても工夫のしようがないほどの暑い日々はそうは続かない。曇っていたり、風が吹いたり、台風の余波で雨が降ったりするのが常で、そのうちには秋が「目にさやかに見えねども」静かに忍び寄っているのである。その気配を本人自身が気が付くよりも、早く察知して秋にそなえることが出来るのは肉体の記憶のなせる業である。
日本人的自然の在り様を、生活の中心に構える心構えと問題意識こそが、「クーラー欲しい症候群」の呪縛を解き放ち、われらの先祖から受け継いできた生命力の活性化につながるのは間違いがないのだ。   貧骨     
2019/08/26
路傍のカナリア 155

モノと格闘の日々

部屋の中を整理していると必ずと言っていいほど整理のつきにくいモノが出てくる。どこへおくにしても中途半端。とりあげては右に置き左に置きなかなか始末が出来ない。結果また適当に部屋の片隅にとりあえず置くが、とりあえずだからまたあちこちへ置き換えて、その存在感に負けて見ぬふりをしてしまっているモノが確かにあるのだ。よし今度こそは決着をつけよう、正面から向き合ってあるべき場所にきちんと整理してやるのだと思い立つのだが、そのあるべき場所が見つからない。押入れの奥に放り込んでおくか、それではいつの間にか忘れてしまっていざ必要なときに役に立たない。万が一に必要なときに取っておくのなら、やはり普段から確かにここにあるという、生活の視野の中にほんの少しだけでも収まっていないと意味がない。
例えば道具箱、文具入れ、薬関係、手紙封書の類、写真類、新聞の切り抜き、などなど一応のカテゴリーの中に納まってくれればいいが、それだけが妙に自立して存在を主張するから困る。
そうだ、いっそ捨ててしまおう、如何ということはない。ごみ箱に一直線、悩みは解決と思うすぐそばから、なんともったいない、まだ十分使えるじゃないかという声。いやそれよりも「捨てる」とはいかなることか、我々は確かに毎日なにかを捨てている。でもそれは使い切ったモノ、壊れてあるいは汚れて使えないモノ、が大半で、モノを作った、いや考え出した人たちの精神を十分尊重したうえでの廃棄である。それがモノを捨てるということだ。だから当たり前のことながら心の痛みは感じないで済んでいる。でも目の前にある始末のつけにくいモノはまだ十分使えるのだ。いやモノ自身がそう主張している。私を捨てるのか、それでいいのか、小動物のようにその存在を主張する。
部屋の中にモノが少しずつ増えてゆく。モノはどこかから湧いてくるようにそこにある。
部屋のモノをかき集めてみたら、サイズを図るメジャーが2つ、爪切り3つ、ボ−ルペン10本、赤鉛筆2本、工具のドライバー3セット、似たようなハサミ3つ、などなど、手軽に買える100円ショツプこそモノの湧き出る泉かしらん。
意識的にモノと正面から格闘して、きちんきちんと最低限の必要分で生活をオペレーションしないとゴキブリのようにモノが増えていく。知らず知らずに。昭和の時代、モノは貴重だった。貧しいとはモノを大切にすることであったしモノは生活の豊かさの象徴だった。いまはモノを拒否するミニマニストが生まれている。
話をもどそう。始末のつかないモノの一つが、リモコンのスイッチ。室内灯を購入したらリモコンスイッチが2つ付いてきた。サービスのつもりだろうが、二個目はどう始末すればいい。補欠の選手のようなものだ。いつか使ういつか使うと思いつつでも一個目は壊れない。頭に汗かいて考えても、結局蹴飛ばしておくしかない、梅雨空のようにうっとうしい。
渡辺真知子が歌っていた「捨ててしまったわ、昔のプライドなんて もしも許されるものならきっと生まれかわる」プライドは捨てられるか、それなら2個目を付けたサービス精神も捨てられるか。いやいや貧しさの記憶が呪縛となってかのリモコンはまだ私の手の中で踊っているのである。迷い道くねくねなのだ。  貧骨
2019/07/16
路傍のカナリア 154

モノと格闘の日々

部屋の中を整理していると必ずと言っていいほど整理のつきにくいモノが出てくる。どこへ置くにしても中途半端。とりあげては右に置き左に置き、なかなか始末が出来ない。結果また適当に部屋の片隅にとりあえず置くが、とりあえずだからまたあちこちへ置き換え、その存在感に負けて見ぬふりをしてしまっているモノが確かにあるのだ。よし今度こそは決着をつけよう、正面から向き合ってあるべき場所にきちんと整理してやるのと思い立つのだが、そのあるべき場所が見つからない。押入れの奥に放り込んでおくか、それではいつの間にか忘れてしまっていざ必要なときに役に立たない。万が一に必要なときに取っておくのなら、やはり普段から確かにここにあるという、生活の視野の中にほんの少しだけでも収まっていないと意味がない。
例えば道具箱、文具入れ、薬関係、手紙封書の類、写真類、新聞の切り抜き、などなど一応のカテゴリーの中に納まってくれればいいが、それだけが妙に自立して存在を主張するから困る。
そうだ、いっそ捨ててしまおう、如何ということはない。ごみ箱に一直線、悩みは解決と思うすぐそ場から、何ともったいない、まだ十分使えるじゃないかという声。いやそれよりも「捨てる」とはいかなることか、我々は確かに毎日何かを捨てている。でもそれは使い切ったモノ、壊れてあるのは汚れて使えないモノが大半で、モノを作った、いや考え出した人たちの精神を十分尊重した上での廃棄である。それがモノを捨てるということだ。だから当たり前のことながら心の痛みは感じないで済んでいる。でも目の前にある始末のつけにくいモノはまだ十分使えるのだ。いやモノ自身がそう主張している。私を捨てるのか、それでいいのか、小動物のようにその存在を主張する。
部屋の中にモノが少しずつ増えてゆく。モノはどこかから湧いてくるようにそこにある。
部屋のモノをかき集めてみたら、サイズを図るメジャーが2つ、爪切り3つ、ボ−ルペン10本、赤鉛筆2本、工具のドライバー3セット、似たようなハサミ3つ、などなど、手軽に買える100円ショツプこそモノの湧き出る泉かしらん。
意識的にモノと正面から格闘して、きちんきちんと最低限の必要分で生活をオペレーションしないとゴキブリのようにモノが増えていく。知らず知らずに。昭和の時代、モノは貴重だった。貧しいとはモノを大切にすることであったし、モノは生活の豊かさの象徴だった。いまはモノを拒否するミニマニストが生まれている。
話を戻そう。始末のつかないモノの一つが、リモコンのスイッチ。室内灯を購入したらリモコンスイッチが2つ付いてきた。サービスのつもりだろうが、二個目はどう始末すればいい。補欠の選手のようなものだ。いつか使ういつか使うと思いつつ、でも一個目は壊れない。頭に汗かいて考えても、結局蹴飛ばしておくしかない、梅雨空のようにうっとうしい。
渡辺真知子が歌っていた「捨ててしまったわ、昔のプライドなんて、もしも許されるものならきっと生まれ変わる」プライドは捨てられるか、それなら2個目を付けたサービス精神も捨てられるか。いやいや貧しさの記憶が呪縛となってかのリモコンはまだ私の手の中で踊っているのである。迷い道くねくねなのだ。  貧骨
2019/06/12
路傍のカナリア 153

覚せい剤が開く人間の可能性の世界

覚せい剤を使用すると日常生活では味わえない感覚に浸れるという話はよく聞く。気持ちがハイになって極度の陽気になる。音感が鋭くなって普段なら考え付かないような楽曲を生み出す。性感が敏感になって性的快楽が格段に増す。集中力が増して2日や3日は殆ど徹夜でも仕事や勉強をこなすことが出来るようになる。風邪が一発で治ってしまうなどそれなりの効用はあるようだ。
ビジネスマンがハードな仕事量をこなすために覚せい剤に頼ってそこから常用者になるという風聞は世間一般によく知られている。いってみれば覚せい剤の服用によって常人にはありえないような能力が発揮されることがあるということだ。
覚せい剤には強い依存性を含む副作用があると言われているから、法による刑罰的な事を差し置いても割に合うモノではないが、この薬物は人間の脳にどう作用しているのだろうか。
漠然と考え付くのは薬物が脳それ自体に作用して脳の正常な機能を攪乱してしまい、その結果として人間には不自然な行動がもたらされるというものである。大概の人は程度の差はあるにせよ、そのように理解するのではなかろうか。
けれども別の見方をすることもできる。人間の脳には常識では測れないような潜在的な力が眠っているが、それはある種のバリアーに囲われていて普段は表には現れてこない。けれども薬の作用によって一時的にバリアーのレベルが下がり、潜在的パワーが現出するという考えである。この見方に立つと人間の能力に対する考えが変わる。人間観が変わると言い換えてもよいが、根拠のない話でもない。
1970年代後半ブームになった「阿含宗」による超能力の開発というものがある。瞑想を通じて人間の新しい能力に目覚める修行である。教祖の桐山靖雄によれば予知の能力、高度の創造力、他人を思うがままに動かせる能力、普通人の3倍ほどの精神、肉体の耐久力、念力による物理的変化を起こさせる力を挙げている。桐山氏自身、「念の力で瞬間的に水を沸騰させ、生木に火をつける」ことを数千の大衆の前で証明したと言っている。
また阿含宗に一時入信しその後自ら宗派を立てたオウム真理教の麻原彰晃にしてもその奇跡ともいうべき施術があったからこそ、多くの信者が麻原に魅了され集まったのである。そのパワーがいかほどのものであったかということは、林郁夫「オウムと私」のなかにも上祐史浩「オウム事件17年目の告白」にも具体的に書かれている。
阿含宗もオウムもチベット密教のいわば秘儀の修行を現代版に焼き直したものと言えるのだが、空海が開いた真言密教も元を辿ればおなじものである。根本にあるのは、密教による念力の力を駆使しての特殊能力開発であるが、それが誰にでも可能であるというのは、人間の脳自体にそういう力が眠っていると理解したほうが自然である。
薬物が開いた世界と密教の修行者がみた世界は通じ合うものがある。林郁夫は「古代には、人間をして人間を越えさせる一つの教えと、その修行システムが存在していたのではないかと」書いているが、人間というのはまだまだ可能性を秘めた存在なのであろう。それではなぜ人間を越えさせるシステムは脳の奥底に、いわば隔離されたのか 謎めいた話になるが、同時にわれわれが当たり前と思い込んでいる目の前の二元論の世界も絶対確実とは言えなくなってくるのである。                貧骨 
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